夜ふけにふと目が覚めると、襖の向こうから小さな物音が聞こえてきます。布を裁つ鋏の音なのか、針を運ぶかすかな気配なのか。子どもの頃にそうした夜を過ごした記憶をもつ人は、きっと少なくないはずです。

夜なべは秋の季語です。秋の長い夜を使って、昼のうちに片づかなかった仕事を遅くまで続けることをいいます。夜に鍋で夜食を煮ながら働いたことから出た言葉だとする説もあります。電灯のなかった時代には、人々は行灯のほの暗い明かりの下で縄をない、布を織り、家族の着物を繕いました。

歳時記に並ぶ夜なべの句を読んでいくと、蒔絵の筆や塗椀の艶出しといった手仕事の句があり、ミシンを踏む隣家の句があり、狐うどんで仕事を終える句もあります。どの句にも灯があり、夜の静けさがあります。そのなかで私が心を引かれたのは、同じ昭和の時代を歩んだ二人の俳人の句でした。

いくど目醒めても夜なべの母います 上田五千石

継ぐといふことのさみしき夜なべかな 鷹羽狩行

一方は夜なべする人を見守る句であり、もう一方は夜なべする人の胸のうちにひそむ句です。二句を並べると、ひとつの灯を、手前と奥から照らし出すような景色が見えてきます。

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上田五千石は1933年に東京で生まれた俳人です。秋元不死男に師事し、第一句集『田園』で俳人協会賞を受け、のちに俳誌「畦」を主宰しました。平明な言葉のなかに、深い抒情を静かに湛える作風で知られています。

五千石の句は、眠っては目覚める人の側から詠まれています。句は目覚める人が誰かを明かしていません。けれども、夜なべする母を見上げるまなざしから、幼い子の姿を思い浮かべるのが自然でしょう。

子どもは眠り、また目を覚まし、ふたたび眠りに落ちます。そのたびに、母は灯のそばで手を動かしています。「いくど」という一語が、夜の長さと、そのあいだに流れた時間の量をやわらかく教えてくれます。子の眠りは途切れ途切れでも、母の姿は途切れません。時計の針は進んでいるのに、母のいる場所だけは時間が止まっているように見えるのです。

この句のしらべにも、心を留めたいところです。声に出して数えると、「いくどめざめても」が8音、「よなべのははいます」が9音で、合わせれば17音になります。ところが、五七五の型にはきれいに収まりません。前半は長くゆるやかに伸び、後半もまた長く続きます。この揺れるような調べは、夢とうつつのあいだを行き来する、まどろみの呼吸そのものに聞こえます。定型の句であれば、もう少しきっぱりと夜が切り取られたことでしょう。五千石は、あえて寝ぼけまなこのような柔らかな調べに言葉をゆだねたのだと、私には思われます。

句の中でいちばん美しいのは、結びの「います」という言葉です。文語の「います」は、「いらっしゃる」という意味をもつ敬いの言葉です。母がそこにいらっしゃる、と子は言います。何を縫っているのか、どんな顔をしているのかは、句に一言も書かれていません。書かれているのは、母がそこに在るということだけです。

一方で、ひらがなの「います」は、現代の子どもが口にする「いる」の丁寧な言い方にも読めます。幼い子の素直な声と、大人が母を仰ぎ見る敬いの声とが、この三音の中で重なり合っているのです。子どものまなざしに、大人になった者の感謝がそっと溶け込んでいるといってもよいでしょう。

五千石には、同じ夜なべを詠んだ句として「きりもなき夜なべの母を見捨てたり」もあります。終わりの見えない母の仕事を置いて、自分は眠りに就いてしまう。そうしたひそやかな後ろめたさも、五千石は知っていました。その句と並べると、「いくど目醒めても」の句の温もりは、ただ無邪気な安心から生まれたものではないことが分かります。眠りに身をゆだねるたびに母を置き去りにし、目覚めるたびに母に迎えられる。その繰り返しの中から、「います」という祈りに似た言葉が生まれたように感じられます。

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鷹羽狩行は1930年に山形県で生まれました。山口誓子に学び、俳誌「狩」を創刊して主宰した俳人です。知的で鮮やかな構成と、ことばの切れ味の良さで知られ、戦後の俳壇を長く牽引しました。

狩行の句は、五千石の句とはまるで反対の手触りをもっています。「つぐといふ」「ことのさみしき」「よなべかな」と、五七五の定型にきっちりと収まっているのです。揺れはなく、ひと針ひと針を確かに刺していくような、端正な調べです。

けれども、その整った形の中で語られているものは、目に見える物ではありません。初めの12音には、人も道具も灯も出てきません。「継ぐといふこと」という抽象的な言葉と、「さみしき」という心の色だけが置かれています。最後の5音「夜なべかな」に至って、はじめて読者は夜の仕事場に立たされます。まず胸の奥の思いが語られ、そのあとで景色が現れる。この順序こそが、この句の要だと私は考えます。

何を継ぐのか、句は語りません。家業の手仕事を親から受け継ぐ人の夜を思い浮かべることもできます。父や母が座っていた場所に、いまは自分が座り、同じ灯の下で同じ仕事をしている。受け継ぐとは、受け渡してくれた人がもうそこにいない、あるいは老いて手を離したということでもあります。継ぐ者は、先に座っていた人の不在と向き合いながら手を動かすほかありません。「さみしき」という言葉は、そうした静かな孤独を指しているのでしょう。

もうひとつの読み方もできます。「継ぐ」には、破れた布に別の布をあてて縫い合わせる、という意味もあります。夜なべの代表的な仕事は、昔から針仕事でした。古い着物の綻びに、新しい布を継いでいく。つなぎ合わせる手の動きそのものに、ふと寂しさがよぎる。そう読むと、句はぐっと具体的な手元の景色へ近づきます。

家業を継ぐ夜と、布を継ぐ夜。どちらか一方に決めてしまう必要はないと思います。むしろ、二つの意味がひとつの言葉の中で重なり合っているところに、この句の奥行きがあります。つなぐという営みは、いつも何かが途切れたところから始まるのです。

ここで大切なのは、狩行が「悲しき」ではなく「さみしき」と書いたことです。悲しみは何かを失った痛みですが、さみしさはもっと穏やかで、澄んだ感情です。仕事を投げ出したいわけではなく、嘆いているわけでもありません。手を止めずに、ただ静かにさみしい。結びの「かな」は、その思いを大げさに歌い上げることなく、夜の灯の中へやわらかく包み込んでいます。

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こうして二句を並べてみると、違いはくっきりと見えてきます。

五千石の句は見る側の句であり、狩行の句は為す側の句です。五千石は母という具体的な人の姿を描き、狩行は継ぐという目に見えない営みを描きました。五千石は揺らぐ調べでまどろみを写し、狩行は端正な定型で心の奥を刻みました。五千石の句には温もりがあり、狩行の句には澄んださみしさがあります。

それでも、二句はどこか遠いところで響き合っているように私には思えます。

夜中に目を覚ますたび、灯のそばに母がいた。その姿を見上げていた子どもも、やがて大人になります。いつか自分が灯の下に座り、夜なべをする番がめぐってくるのです。そのとき、かつて見上げていた人の姿は、もう襖の向こうにはありません。二人の俳人がそのような物語を意図して句を詠んだわけではないでしょう。これは、二句を並べて読んだときに私の胸に浮かんだ、ひとつの連想にすぎません。けれども、見守られる夜と、ひとりで継ぐ夜とを並べてみると、夜なべという季語が、世代から世代へと手渡されてきた灯の記憶のように思えてくるのです。

五千石の「います」は、そこに在る人への敬いの言葉でした。狩行の「さみしき」は、その人がもう座っていない場所に自分が座る者の言葉でした。二句のあいだには、ひとりの人間が子から親になるまでの、長い歳月が横たわっているようにも見えます。

冒頭で思い浮かべた、襖の向こうの小さな物音に戻りましょう。子どもの頃には、それは母のたてる音でした。今夜、誰かの家でその音をたてているのは、かつて目を覚ましてはまた眠った、あの子どもなのかもしれません。秋の夜は長く、灯は今もどこかで、継がれながら点っています。