
一年という節目に立ち止まる
高市内閣が発足してから、まもなく1年になる。
この1年は、たしかに慌ただしかった。
2026年2月8日の衆議院総選挙で自民党は316議席を獲得し、一つの政党が単独で3分の2以上を確保するのは戦後初めてという結果になった。
そして2026年9月17日には第2次高市改造内閣が発足した。歴史的という言葉が繰り返し使われた季節から、政権はすでに一つの日常になった。
だからこそ、いま一度立ち止まっておきたい。あの秋、初めて女性が首相の座に就いたことは、いったい何を意味していたのか。祝福の声と、冷静な留保の声が入り混じったあの数日を、私たちは十分に受け止めきれないまま、日々の政局へ流れていったのではないか。
あのとき、上野千鶴子は短く書いた。初の女性首相が誕生するかもしれないと聞いても、うれしくない、と。
この一行が波紋を呼んだのは、言葉が過激だったからではない。
むしろ逆で、あまりに静かだったからだと思う。祝福の合唱のなかに、抑えた声で異なる音が混じった。その不協和音に、人々は立ち止まらざるをえなかった。
なぜ、女性の地位向上のために半世紀を費やしてきた人が、女性の首相の誕生を喜ばないのか。フェミニストなら喜ぶべきではないのか。そういう声が、すぐに湧き上がった。
上野の答えは明快だった。そう言いたがるのは外野であり、その言い方はフェミニズムをあまりに単純化している、と。
この応酬のなかには、この国が長く言葉にしてこなかった問いが埋まっている。一人の女性が頂点に立つことと、女性や弱い立場に置かれた人が生きやすくなることは、どこまで同じなのか。両者を同じものだと考えてきた私たちの習慣が、今回ほどはっきりと揺さぶられたことはない。
私がこのエッセイで考えたいのは、高市早苗という政治家を支持するかどうかではない。
そこに焦点を絞ると、議論はたちまち政局の賛否に痩せ細ってしまう。私が見つめたいのは、その手前にある構造である。成功した一人の存在は、その社会が公正であることの証明になるのか。
人はいつ、属性ではなく一人の個人として見られるようになるのか。上野の「うれしくない」は、この普遍的な問いへの入口だった。
均等法の教室で抱いた直観
上野の立場を理解するには、40年前の教室にさかのぼるのがいい。
1985年、男女雇用機会均等法が成立した。
女性の雇用機会を広げる画期的な一歩ではあった。ただし成立当初、募集や採用、配置や昇進における男女の均等な取扱いは、企業に対する努力義務にとどまっていた。差別の禁止として明記されるまでには、その後の改正を待たなければならない。出発点は、法的にも十分なものではなかったのである。
上野の批判は、その不十分さのさらに先にある。
あの法律は、家事や育児を女性に押しつけたままの男性の働き方には手を触れず、競争したいなら男と同じ条件で勝ち抜けと女性に告げるものだった。長時間労働も、転勤も、そのままである。変わったのは扉の鍵だけで、部屋のなかの家具の配置はひとつも動かなかった。
当時、上野は短期大学の教壇に立っていた。
目の前の女子学生たちに向かって、総合職の座に食い込め、歯を食いしばって生き残れ、と励ますことがフェミニズムなのか。彼女は、まさか、と思ったという。そしてこの直観は当たっていた、とのちに振り返る。直観とは、まだ言葉に分けられる前の思想なのだ、と。
この一節に、上野の思想の骨格がある。フェミニズムは、女性が男性のように振る舞えるようになることを目指す思想ではない。弱い立場に置かれた者が、強い立場へ移動することを目指す思想でもない。弱者が弱者のままで尊重される社会を求める思想である。
ここでいう弱者とは、生まれつき弱い人という意味ではない。
病気、障害、貧困、差別、育児や介護の負担などによって、社会のなかで不利な位置に置かれた人を指している。弱者のままで、とは、弱さを克服して強者にならなければ尊重されない社会にはしない、という意味である。弱いまま放っておく、という意味ではまったくない。
この定義を胸に置くと、「うれしくない」の意味はおのずと変わってくる。
女性が権力の階段を上りきったこと自体は、上野の思想にとって中心的な達成ではない。そもそも、その階段を作ったのは男性中心の社会である。上野自身が言うとおり、世間の序列を作ったのは男性社会なのだから、そこに参入することが目的とは言えない。
ここには、日本のフェミニズム理解の根深い誤解が横たわっている。多くの人は、フェミニズムを女性の出世運動だと受け取ってきた。管理職の女性比率、役員の女性比率、議員の女性比率。数字が上がれば前進であり、下がれば後退である。もちろん、その数字は重要だ。意思決定の場に多様な人がいなければ、多様な人のための政策は生まれにくい。
けれども、数字の上昇だけを見ていると、数字に入らない人々が視界から消える。パートの時給で家計を支える女性、介護のために仕事を手放した女性、頑張ることを最初から諦めさせられた女性。上野が生涯見つめ続けてきたのは、むしろそちらの側だった。
勝者の存在は、公正を証明しない
2019年の春、上野は東京大学の入学式に祝辞を述べる立場で招かれた。難関を突破したばかりの学生たちが、晴れやかな顔で並んでいる。その人たちに向かって、上野は不正入試の話から語り始めた。
前年に発覚した医学部の入試差別である。文部科学省が全国81の医科大学・医学部を調査したところ、男子の合格率は女子の平均1.2倍だった。最も高い大学では1.67倍。地方の国立大学のなかには、女子のほうが入りやすいところもあった。
上野はここで、統計は大事だ、それをもとに考察が成り立つのだから、と言い添えている。
そして続ける。
女子学生は浪人を避けるため余裕をもって受験先を決める傾向がある。東京大学の女性比率は長く2割の壁を越えず、その年は18.1パーセントと前年を下回った。偏差値の分布に男女差がない以上、男子学生以上に優秀な女子学生が受験していることになる。4年制大学への進学率にも、男子55.6パーセント、女子48.2パーセントという7ポイントの差がある。この差は成績の差ではない。息子は大学まで、娘は短大まででいいと考える親の判断が積み重なった結果である。
祝辞のなかで最も胸を打つのは、マララ・ユスフザイの父親の言葉を引いた箇所だ。
どうやって娘を育てたのかと問われて、父は、娘の翼を折らないようにしてきた、と答えたという。
上野は言う。多くの娘たちは、子どもなら誰でも持っている翼を折られてきたのだ、と。どうせ女の子だし、しょせん女の子だから。そういう言葉が意欲を冷ましていく作用を、社会学では意欲の冷却効果と呼ぶ。
本人が自分から諦めたように見えて、実は周囲が少しずつ温度を下げていた、という現象のことである。
そのうえで上野は、合格者たちに告げた。
あなたたちが頑張れば報われると信じられること自体が、あなたたちの努力の成果ではなく、環境のおかげだったことを忘れないでほしい。
世の中には、頑張っても報われない人、頑張ろうにも頑張れない人、頑張りすぎて心と体をこわした人がいる。
頑張る前から意欲をくじかれる人もいる。だから、恵まれた環境と恵まれた能力を、恵まれない人を貶めるためではなく、助けるために使ってほしい、と。
この祝辞と、あの秋の女性首相論は、同じ一本の線で貫かれている。
東大に合格した人がそこにいることは、入試が公正であったことの証明にはならない。
同じように、女性が首相になったことは、女性が解放されたことの証明にはならない。勝者の存在は、敗者が不当に扱われなかったことを意味しない。
この命題は、性別を超えて広く通じる。
貧しい家に生まれて成功した人がいることは、貧困が乗り越えられる程度のものである証拠にはならない。障害を持ちながら活躍する人がいることは、社会の障壁が低いことの証拠にはならない。
例外的な突破者の物語は、しばしば構造の問題を隠す道具として使われる。あの人はできたのだから、できないのは努力が足りないからだ。この論法は、いつもやさしい顔をしてやってくる。
象徴として座ることと、政策を動かすこと
ここで、政治学がずっと扱ってきた区別を借りておきたい。
ある集団の出身者がその席に座っているかどうかという問題と、その人がその集団のための政策を実際に進めるかどうかという問題は、別のものだという区別である。前者は姿かたちの代表であり、後者は中身の代表だと言ってもいい。
女性の議員が一人もいない議会では、女性の暮らしに関わる論点がそもそも議題に上らないことがある。
その意味で、姿かたちの代表には固有の価値がある。誰がその部屋にいるかは、何が話されるかを左右するからだ。
しかし、席に座ることと政策を動かすことは自動的にはつながらない。
上野は、女性政治家に関するこれまでの調査から、政治家は男女を問わずジェンダー政策よりも所属政党の政策を優先する傾向があることがわかっている、と述べている。
性別は、その人がどんな政策を推すかを予測する材料として、それほど強くない。党と思想のほうが、はるかに強く効く。
女性が増えれば政治は変わるという期待に、この観察は一つの留保をつける。変わるかもしれないし、変わらないかもしれない。決めるのは性別ではなく、その人が何を信じ、どの党に属し、何を優先するかである。
サッチャーという先例
上野は海外の例を引く。
世界にはすでに多くの女性の政治指導者がいるが、彼女たちは女性だからという理由で選ばれたわけではない。そしてイギリス初の女性首相はマーガレット・サッチャーだった。
1979年の就任である。上野の知るかぎり、イギリスのフェミニストでその誕生を歓迎した人はいない。
サッチャーが進めたのは、市場の競争を社会の隅々にまで及ぼす保守革命だった。福祉は縮められ、優勝劣敗の論理が正当化された。
南半球のフォークランドにまで軍を送り、武断の政治家としても記憶された。つまり、強さを追い求めた政治家である。弱者が弱者のままで尊重される社会を求める思想と、彼女の政治との距離は、女性であるという一点では埋まらない。
2016年のアメリカ大統領選で、ヒラリー・クリントンが初の女性大統領になりそうに見えたときでさえ、イギリスのフェミニストは冷静だった、と上野は言う。
女性がトップに立てば希望が持てるという単純な話ではないことを、歴史の教訓として知っていたからである。
そしてもう一つ、上野は社会学の理論を持ち出す。少数派が多数派の集団に食い込もうとするとき、多数派よりも多数派らしくなる傾向がある。過剰同一化と呼ばれる現象だ。数の少ない側は、その場にふさわしくないと見られることを恐れ、その場の作法を誰よりも忠実に演じてしまう。
サッチャーは鉄の女と呼ばれた。 当時のフェミニストは、彼女が男性以上に男性的に振る舞う傾向を指摘していた。上野は、この理論が高市首相を含む今の自民党の女性政治家の多くにも当てはまると見ている。
高市早苗という主体をどう見るか
ここで私は、上野の論に一つだけ、ためらいを添えておきたい。
過剰同一化という概念は鋭い。
だが、これを使いすぎると危うさも生じる。ある女性政治家が保守的な立場を取るとき、それを男性社会への適応としてだけ説明してしまうなら、私たちは彼女から思想の主体性を奪うことになる。
彼女は男たちに気に入られるために強がっているのだ、という説明は、実は女は自分の頭で考えていないという古い偏見と、どこかで手を結びかねない。
高市首相は、選択的夫婦別姓に反対している。
上野が指摘するとおり、その政策の方向は、ジェンダー平等への流れをせき止めようとした前の政権の路線を引き継ぐものだ。フェミニストが歓迎する理由はない、というのは論として筋が通っている。
けれども、高市首相は家族制度についても安全保障についても、自らの政治的立場として一貫した主張を長く掲げてきた政治家である。
その主張を男性への迎合として片づけるのは、批判としてはむしろ弱い。彼女が主体として選び取った立場であると認めたうえで、その内容を正面から批判するほうが、はるかに強い。
現に高市首相は、この1年のあいだに、女性をめぐる言葉を発していないわけではない。
2026年1月には駐日女性大使らと懇談し、女性はリーダーに向いていないといった偏見を一掃するべく、懸命に働き結果を出していきたいと述べている。
この言葉を軽んじる理由はない。ただし、偏見を一掃するという目標と、制度を変えるという課題は、同じではない。前者は自分が成功することで果たせるが、後者は他人のために仕組みを動かさなければ果たせない。
私は高市政権の方向には賛成できない。
けれども、彼女を一人の政治家として、思想を持つ主体として扱うことを、批判の前提にしたいと思う。それは彼女への礼儀であると同時に、批判する側の誠実さの問題でもある。
女はいつ、一人の政治家になれるのか
作家の雨宮処凛は、上野が以前ある本の解説に寄せた一節を引いている。女だから、女にしては、女だてらに、女だけど中身は男。侮蔑とも評価ともつかない玉虫色の表現に、多くの女性はうんざりしている、という趣旨である。
雨宮はそこに自分の言葉を重ねる。
仕事ができればできたで女にしてはと評価され、いっぽうで女だから評価されたのだと貶められ、妬まれる。できなければ論外だ。
男の社会のうちに女の居場所はなく、かといって女の指定席に座れば一人前に扱われない。あまりに馴染みのある経験なので、これにはウルストンクラフトのディレンマという名前までついている、と。
この耳慣れない名前について、少し説明を足しておきたい。
メアリ・ウルストンクラフトは18世紀イギリスの思想家で、1792年に『女性の権利の擁護』を書き、女性にも男性と同じ理性と教育があるべきだと訴えた人である。
そのウルストンクラフトの名を借りて、後世の政治学者が名づけたのがこのディレンマだ。
女性が男性と同じ扱いを求めれば、男性を基準にした物差しに自分を合わせることになる。かといって女性の置かれた条件を配慮せよと求めれば、女性は特別扱いが要る弱い存在だという見方を呼び込んでしまう。平等を求めても、差異を認めよと求めても、どちらの道にも落とし穴がある。ゆえにディレンマなのである。
雨宮が続けて指摘したことは、もっと素朴で、もっと痛い。
誰も石破前首相のファッションや持ち物を気にしなかったのに、初の女性総理についてはそういうことばかりが注目される。ただ政策で判断すればいいのではないか、と。
この一文は、議論の核心を突いている。私たちは女性の政治家を見るとき、政策を見る前に人物を見て、人物を見る前に女性を見てしまう。
報道も、SNSも、そして正直に言えば私自身も、その視線から自由ではない。高市政権を批判するにしても、その批判が彼女の声色や服装や振る舞いの話に滑っていくとき、批判している側もまた、同じ視線の檻のなかにいる。
失敗までが、女全体のものにされる
韓国在住のメディア人類学者、金暻和の指摘が、この問題を別の角度から照らしている。
金は言う。初の女性某が誕生するという出来事が注目されるのは、それが女性にとって少しでも生きやすい社会の象徴とみなされるからであって、一人の女性がガラスの天井を打ち破ったという事実そのものを賞賛しているわけではない、と。
高市首相は女性であるとともに、政治家でもある。だから、女性にとって生きやすい社会を実現するための政策とビジョンと努力によって評価されるべきである、と。
そして金は、自国の記憶を持ち出す。朴槿恵が大統領に選ばれたとき、政治家としての彼女はジェンダー平等政策にほとんど関心を示さなかったにもかかわらず、初の女性大統領として歓迎する声が上がっていた。
ところがのちに側近による権力乱用事件で彼女が弾劾され罷免されたとき、やはり女性が大統領になるのは早すぎた、という性差別的な言説が一層強まった。金はそれを今でも覚えていると書いている。
ここにある非対称は、この社会の構造をいちばん率直に映す鏡である。男性の指導者が失敗しても、男には大統領は早かった、とは誰も言わない。彼の失敗は彼の失敗として処理される。ところが女性の指導者の失敗は、女性全体の限界として回収されてしまう。同じ出来事が、性別によって異なる読み方をされる。
金がたどり着く結論は明快だ。重要なのは、女性がトップになったという事実そのものではなく、女性がより生きやすい社会を築いていけるかどうかである、と。
この非対称は、皮肉な形で、もう一つのことを証明している。初めての人がいかに特別な存在であるかということだ。代表として見られているから、失敗も個人に返してもらえない。象徴であることは、栄誉であると同時に、他の誰にも課されない重荷なのだ。
だから私は、初の女性首相に意味はない、とまでは言えないと思う。むしろ意味がありすぎることが問題なのだ。一人の人間が背負うには重すぎるほどの意味が、そこに乗せられている。上野が「うれしくない」と言ったとき、その言葉の底には、この重荷がどう働くかを知っている醒めた認識もあったのではないかと、私は想像する。
喜ばない自由と、それを許さない声
在英ジャーナリストの小林恭子が書き留めたのは、もっと生々しい光景である。
一部の女性識者が高市氏の首相就任を喜べないとSNSに投稿したところ、男性の識者や一般の利用者から、なぜか、どうして素直に喜べないのか、という声が相次いだ。
小林自身も、高市政権の閣僚が並ぶ写真や動画を見て、男性ばかりですね、驚きです、とフェイスブックに書いた。
するとイギリスにいる男性の友人たちから、リベラルな女性や左派女性はなぜ高市氏の就任を批判するのか、というコメントが寄せられたという。
小林はここで二重に驚いている。閣僚に男性が多いという事実を述べただけで反発されたこと。そして、自分を一つのカテゴリーに押し込めようとする反応が返ってきたこと。
彼女は、自分がリベラルな女性かどうかは重要ではない、と書く。一部の女性識者が喜べないと感じるのは、高市氏の政策内容に起因するのではないか。女性が生きやすい社会を目指す政策を打ち出していない点が、その理由ではないか、と。
そして一連の論争を通して、日本の男性たちによる女性知識人への反発が如実に表れたように感じ、大変驚いた、と小林は言う。
知識人女性やリベラル女性は嫌われているのか。自分たちの存在が脅かされるような、目の上のたんこぶと見なされているのか。あらためて、日本ではまだ女性が声を上げ、努力を続けなければならない現実があると痛感した。壁は依然として厚い。そう書いている。
この観察は重い。
なぜなら、ここで起きていることは政策論争ですらないからだ。事実の指摘に対して、あなたはどの陣営の人間か、という問いが返ってくる。意見の中身ではなく、発言者の属性が争点になる。女性が政治について語るとき、その語りはまず女性の語りとして分類され、分類されたあとで評価される。
そしてここにも、あの不均衡がある。男性の識者は、男性の首相を喜ばない理由を、性別を理由に釈明する必要がない。彼が政権に批判的であれば、それは政治的立場として受け取られる。ところが女性が同じことをすると、女性なのになぜ、という接頭語がつく。
女性には、女性首相を支持する自由がある。政策を理由に批判する自由もある。歴史的意義だけを認めて政策には反対する自由もある。喜びと不安を同時に抱えたままでいる自由もある。
女性なら喜ぶべきだ、という言葉は、多くの場合、悪意から出てくるものではない。むしろ善意や、素朴な祝福の気持ちから出てくる。だが、その善意が結果として、女性の政治的判断を一色に塗ってしまう。女性はみな同じことを喜ぶはずだ、という前提は、女性を集団として扱う思考そのものだからである。
喜びは支持ではない。批判は歴史的意義の否定ではない。この二つを分けて考えられるかどうかが、私たちの成熟の分かれ目だと思う。
弁護士の太田啓子は、フェミニストの声を戯画化し単純化することは典型的なバックラッシュであり、ばかばかしいようでいて放置もできない、と書いている。
バックラッシュとは、ある変化が進んだときに、それを押し戻そうとして起きる揺り戻しのことだ。
太田は続けて、こういう記事のように正面から説明する機会を増やす必要がある、と言う。戯画化された像に反論し続けるのは、消耗する作業である。それでも誰かがやらなければ、像のほうが実物として通用してしまう。
では、何によって政治家を測るのか
太田は、はっきりと言う。女性の政治家を増やしたいというのは、とにかく女性なら誰でもいいという意味ではない、と。
そしてその戯画化や単純化そのものが、女性差別をなくしたいという主張を理解しようとしない、尊重を欠く姿勢の表れだ、と。
太田が紹介するのは、政治分野の男女差を縮めることを掲げる団体の取り組みである。
若い世代の女性やノンバイナリー、Xジェンダーの人に立候補を呼びかけ、支援し、ネットワークを作る。その立候補予定者リストには賛同項目が4つ掲げられている。選択的夫婦別姓と婚姻の平等の実現に賛成し推進すること。包括的性教育の普及と緊急避妊薬へのアクセス改善に賛成し推進すること。トランスジェンダー差別に反対すること。女性議員を増やすためのクオータ制などの積極的措置に賛成すること。太田は、高市首相はすでに1番目の時点で条件を満たさない、と書いている。
耳慣れない言葉に説明を足しておく。
包括的性教育とは、性を生殖の仕組みだけで教えるのではなく、人間関係や同意、自分の体を自分で決めることまで含めて年齢に応じて教える考え方である。クオータ制とは、候補者や議席の一定割合をあらかじめ女性に割り当てる仕組みで、北欧や韓国など多くの国が採り入れている。放っておいては変わらない構成を、制度の力で動かそうという発想だ。
つまり基準は、性別ではなく内容の側にある。性別は入口にすぎず、評価の対象は政策なのだ。上野もまた、もし選択的夫婦別姓を進めようとする女性の政治指導者が現れていたなら、フェミニストはもっと歓迎しただろう、と述べている。弱い立場に置かれがちな女性の声に耳を傾ける政治であるかどうか。そこが分かれ目だという。
ただし、私はここに一つ付け加えたい。この4項目だけがフェミニズムの定義ではない、ということだ。
非正規で働く女性の賃金と雇用の安定。単身の高齢女性の貧困。介護を一人で抱える人の孤立。性暴力の被害者が二次被害を受けない司法と医療。保育と教育の費用。ひとり親の住まい。何を最優先に置くかについて、女性たちの考えは決して一つではない。
ジェンダー政策を軸に考える人もいれば、貧困や雇用を軸に考える人もいる。その違いは対立ではなく、豊かさの証拠である。
むしろ、意見が一つでないことこそが、女性が集団ではなく個人として存在していることの証明なのだ。女性は一枚岩ではない。だからこそ、女性なら誰でもいいとも言えないし、フェミニストならこう考えるはずだとも言えない。
一年後の数字が語るもの
議論を抽象のままで終わらせないために、この1年が残した数字を二つだけ見ておきたい。
一つは閣僚の顔ぶれである。先日の内閣改造でも、女性の閣僚は2人のままだった。首相が女性であることと、閣議の席に女性が何人座るかは、別の話だということが、ここにはっきり出ている。小林恭子が男性ばかりですねと書いたときの光景は、1年を経ても大きくは変わっていない。
もう一つは世論の動きだ。時事通信の9月の調査では、高市内閣の支持率は44.1パーセントで、4カ月続けて下がり、発足後の最低を更新した。男女別に見ると男性が46.2パーセント、女性が41.8パーセントで、女性の支持率は2月の調査から23.9ポイント下がっている。
調査によって数字の水準はかなり異なるので、この一つの数字だけで断定はできない。支持が動いた理由も、物価や経済や外交など、さまざまであり得る。
それでも、少なくともこの数字は一つのことを示している。初の女性首相という象徴だけで、女性有権者の支持が固定されるわけではない、ということだ。
女性もまた、首相の性別ではなく、政権の実績と政策によって支持を動かす有権者なのである。雨宮処凛の言う、ただ政策で判断すればいいのではないか、という言葉は、すでに有権者の側で静かに実行されている。
天井の下に残る人々
ガラスの天井という比喩について、最後に考えたい。
一人がその天井を突き破ったことには、たしかに意味がある。その穴を見上げて、自分にもできるかもしれないと思った少女がいるとすれば、その思いを軽んじる権利は誰にもない。象徴の力は、統計には出ないところで働く。それは事実だ。
けれども、一人が通り抜けられる穴が開いたことと、天井そのものが取り払われたことは、まったく別の出来事である。穴は一つしかないかもしれない。その穴をくぐるには、並外れた条件と、並外れた適応と、並外れた運が要るのかもしれない。穴の存在が、天井の存在を見えなくしてしまうことさえある。
そして、もっと大事なことがある。上野の思想の中心は、天井を破ることそのものではなかった。天井の下に残る人々が、勝者になれなくても尊重されるかどうか。そこにあった。東大の祝辞で彼女が最後に語ったのも、強がらず、自分の弱さを認め、支え合って生きてほしい、ということだった。
そう考えると、「うれしくない」という言葉の輪郭が、はっきりと見えてくる。
あれは祝福を拒む言葉ではなかった。祝福だけで満足してしまう私たちを、袖を引いて引き止める言葉だったのだ。ここで終わりにしないでください。穴が開いただけです。天井はまだそこにあります。そう言っているのである。
いつの日か、女性が首相になることがニュースにならなくなる日が来るだろう。
そのとき人々は、首相の政策だけを論じ、服装や持ち物のことなど誰も話題にしない。失敗すればその人の失敗として語られ、成功すればその人の成功として語られる。その日が来て初めて、私たちは、女性だから喜ぶべきか、女性なのになぜ喜ばないのかと、互いの感情を問いただす必要がなくなるのだと思う。
上野千鶴子の思想が指し示しているのは、おそらくそのような日なのだ。天井の下に残った人が、勝者にならないまま、それでも静かに尊重されている社会。
彼女が40年前の教室で抱いた直観は、まだ言葉になりきらないまま、1年後のいまも、私たちの前に置かれたままである。
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主な参照先は、朝日新聞(上野千鶴子氏インタビューとコメントプラス)、東京大学(平成31年度学部入学式祝辞)、首相官邸、外務省、時事通信です。