1990年代のバラエティ番組は、今振り返っても本当にエネルギーに満ち溢れていました。


中でも志村けんさんのコント番組は、日常の嫌なことを忘れさせてくれる圧倒的な面白さがあり、当時のテレビの熱気を象徴するような存在でした。


​今日ふと思い出したのは、90年代前半の『志村けんはいかがでしょう』に登場していた「パピアント・グッチャン2」という強烈なキャラクターです。


​コントのオチで「ろくでなし!」というセリフが出ると、突如として謎の男が現れます。


越路吹雪さんの名曲『ろくでなし』を情熱的に歌い上げ、最後にカメラ目線でピタッと止まり「ウィッ!」と裏ピースのようなポーズを決める。


ドラキュラに襲われる美女の正体が実はこの男だったりするなど、とにかくシュールなギャグでした。


​この男の正体は、プロの芸人さんではなく、当時のフジテレビのディレクターだった川口誠さんという裏方スタッフです。

スタッフ同士の飲み会で披露された宴会芸を志村さんが気に入り、そのままテレビの表舞台に引き上げてしまったのです。


​さらに面白いのが、このギャグの背景にある「音楽」の要素です。

パピアント・グッチャンが歌う『ろくでなし』の原曲は、シャンソン歌手サルヴァトール・アダモの『Mauvais Garçon(不良少年)』で、それを作詞家の岩谷時子さんが見事な日本語詞に訳しました。


​お決まりの「ウィッ!」というポーズも、原曲にあるフランス語の相槌「Oui(アーウィ!)」から来ています。

ただ、本家の越路吹雪さんはあんな風にポーズを決める歌い方はしていません。あの動きは、曲のアクセントを大げさにして面白くした、完全な番組オリジナルの振り付けなのです。


​ここには、志村けんさんの天才的な「音楽センス」が隠されています。


​志村さんは芸能界きっての洋楽好きとして知られ、特にソウルミュージックやファンクなどのブラックミュージックに深い造詣がありました。


無名時代のスティーヴィー・ワンダーのレコードを誰よりも早く絶賛し、音楽雑誌で真面目なレコード評論を連載していたほどの本格的な音楽マニアでした。


​その膨大な洋楽の知識は、コントの随所に「サンプリング(引用)」という形で生かされています。


​例えば、誰もが知る「ヒゲダンス」のBGMは、ソウルシンガーであるテディ・ペンダーグラスの『Do Me』という曲のベースラインを抜き出してループさせたものです。


また、「生麦、生米、生卵」でおなじみの「早口ことば」のコーナーも、ウィルソン・ピケットの大ヒット曲『Don't Knock My Love』のファンキーなリズムに乗せています。


これは、アメリカの黒人音楽のグルーヴに日本語の言葉遊びを乗せた、日本におけるラップ(ヒップホップ)の先駆けとも言える画期的な発明でした。


​さらにコント中のアドリブでも、ジェームス・ブラウンの「ゲロッパ!(Get up-a!)」を叫んだり、ヴァン・マッコイの『ハッスル』のステップを取り入れたりと、世界中のカッコいい音楽のリズムを、日本のお茶の間の「笑い」に見事に変換していたのです。


​パピアント・グッチャンのギャグも同様です。

志村さんは、スタッフの宴会芸の中に「コントに使える完璧なリズム」を見出しました。そこに、シャンソン由来の「アーウィ!」というキャッチーなフレーズと大げさなポーズを掛け合わせて、全国区の笑いに昇華させたのです。


これはまさに、一流のDJが過去の名曲のフレーズを切り取って、全く新しい音楽を生み出す感覚に似ています。


​スタジオのスタッフの笑い声がそのまま放送に乗り、裏方も演者も一緒になって熱のある番組を作っていた時代。


たった数秒のギャグの背景に、これほどまでに豊かな音楽の知識と、人を惹きつけるリズム感が隠されていることに改めて驚かされます。


​今夜は濃いめに淹れたブラックコーヒーでも飲みながら、志村さんが愛した古いソウルミュージックやシャンソンの名曲に耳を傾け、あの頃のテレビの熱量を懐かしく思い返してみるつもりです。