​ふと、あの日の空の色を思い出すことがある。


​それはいつだったか、福岡での慌ただしい出張を終え、帰路につく飛行機の中でのことだった。

心地よい疲労感とともにシートに深く身を沈め、何気なく窓の外へ目を向けた瞬間、私は息を呑んだ。
そこには、日常の延長線上にありながら、決して地上からは見上げることのできない圧倒的な光景が広がっていたからである。

​夕暮れ時の東京上空。

眼下に広がる厚い雲の海は、西陽をいっぱいに浴びて、燃えるような黄金色に染まり上がっていた。

そして、その雲の切れ間から時折顔を覗かせる大都会の街並みは、夕闇が迫る中でぽつぽつと灯りを灯し始め、幾千万の人々が織りなす無数の人生の瞬きに満ちていた。

圧倒的なスケールで迫る天空の美しさと、相反するような機内の静寂。

私はまるで、世界の時間がふと立ち止まったかのような錯覚に陥りながら、ただひたすらにその光景に見入っていた。

それはまさに、筆舌に尽くしがたいという表現がふさわしい、神々しいまでの夕景であった。

​その美しく幻想的な光景の中で、私の心を満たし、静かに鳴り響き始めたメロディがあった。

エロール・ガーナーの『ミスティ(Misty)』である。

​日頃からジャズを愛聴し、数多くの名演に親しんできた私にとって、この曲は数え切れないほど耳にしてきたスタンダード・ナンバーだ。

しかし、この日の機上で脳裏に蘇った『ミスティ』は、これまで聴いてきたどんな演奏よりも特別で、深い響きを持って私の胸に迫ってきた。

なぜなら、この曲自体が、かつてガーナー自身が機上で見た風景からインスピレーションを得て生まれたものだという逸話を、心に留めていたからである。

​1954年のことだという。

エロール・ガーナーはサンフランシスコからシカゴへと向かう飛行機に乗っていた。

ふと窓の外に目をやると、そこには美しい虹がかかっていた。

その鮮やかな色彩と、空という広大なキャンバスが描く情景に強く心を動かされた彼は、頭の中に舞い降りたメロディを忘れまいと口ずさみ、自身の膝をピアノの鍵盤に見立てて叩きながら、この不朽の名曲の原型を紡ぎ出したのだ。

同年7月、ワイアット・ラザーのベース、ファッツ・ハードのドラムとともにトリオでレコーディングされたその演奏は、後にクリント・イーストウッド初監督映画『恐怖のメロディ』でも印象的に使用され、永遠の輝きを放ち続けている。

​窓枠という小さな額縁に切り取られた、果てしなく広がる黄金色の空。

ガーナーが1954年の空に見た虹の色と、私が東京上空で目にした夕陽の輝き。

時代も場所も違えど、空という大自然が人の心にロマンティシズムという魔法をかける瞬間に、変わりはないのかもしれない。

​ジャズの自由な旋律のように移ろいゆく雲の形を追いながら、私はガーナーの見た風景を密かに己の心に重ね合わせていた。

彼の指先から零れ落ちた甘美なインスピレーションが、半世紀以上の時を超えて、この空の下で私を優しく包み込んでいる。

そんな大人の浪漫に浸るフライトは、至福のひとときであった。

​今でも時折、街を歩いていて黄昏時を迎えると、あの日の圧倒的な夕景と『ミスティ』の旋律が鮮やかに蘇ってくる。

それは、忙しない日常の中でふと立ち止まり、空を見上げることの豊かさを、静かに教えてくれる大切な記憶なのである。