金曜日の夜。
一週間の喧騒から離れ、波音が静寂を運んでくる頃、かつての私たちはある特定の映像が流れるのを心待ちにしていた。1985年から長きにわたり愛された『金曜ロードショー』の初代オープニングである。
ピエール・ポルトが手掛けた名曲『フライデー・ナイト・ファンタジー』。
その哀愁を帯びたトランペットの旋律とともに、夕陽に染まるヨットハーバー、海に浮かぶような白い瀟洒なレストラン、そして沖へと一直線に伸びるノスタルジックな木造の桟橋が映し出される。あの黄昏時の情景は、日常から「物語という名の非日常」へと私たちを導く、魔法の扉であった。
もし今、あの映像の中の海辺に佇むことができたなら。
私は夕陽を望む席に静かに腰を下ろし、バーテンダーに「ジン・リッキー」を頼むだろう。
マティーニの完成された美しさも捨てがたいが、潮風に吹かれながらグラスを傾けるなら、この飾らない一杯が心地よい。ドライジンに無糖のソーダ、そしてギュッと搾った生のライム。甘さを一切排した潔いキレが、夕暮れの少し乾いた空気に実によく馴染むのだ。グラスの中で氷が立てる涼やかな音は、寄せては返す波の音と見事な二重奏を奏でてくれる。
そんな極上の時間にページをめくるなら、血生臭い事件のあらすじよりも、まずは「題名そのものに黄昏のロマンが宿る」米国ミステリが良い。
通の読者諸兄に、このヨットハーバーの情景に似合う三つの美しいタイトルをお勧めしたい。
一冊目は、ロバート・クレイスの『サンセット・エクスプレス』。
まさに目の前に広がる黄金色の時間そのものを切り取ったような、力強くも美しいタイトルだ。夕陽が海に反射し、ヨットの白い帆がオレンジ色に染まるマジックアワー。波の音を聴きながらこの題名を眺めるだけで、西海岸の乾いた風が吹き抜けていくような心地よさを味わえる。
二冊目は、ジョン・D・マクドナルドの『濃紺のさよなら』。
陽が落ちて、空と海がオレンジ色から深い青へと変わっていく、その切ないグラデーションを見事に表現したような題名である。「濃紺」という海を思わせる色彩と、「さよなら」という哀愁。黄昏時のヨットハーバーが持つメランコリックな空気に、これほど寄り添う言葉の組み合わせはない。
最後は、コーネル・ウールリッチの『夜は千の目を持つ』。
完全に日が沈み、海辺のレストランや停泊するヨットに、一つ、また一つとポツポツと灯りがともり始める。水面に揺れる無数の光は、まるで夜の闇に見つめられている「千の目」のようだ。昼から夜へと移り変わる港の幻想的な情景の中で、この詩的なタイトルはひときわ美しく輝きを放つ。
「いやぁ、映画って本当にいいもんですね」。今は亡き水野晴郎氏の温かい名口上を脳内で反芻しながら、グラスを干す。
西の空から光が完全に消え、夜の帳が下りる頃、手元の小説はさらに深く、濃密な物語の世界へと私を導いてくれる。
黄昏のヨットハーバー、ジン・リッキー、そして題名に酔いしれる極上のミステリ。男の静かなロマンを満たす、これ以上の贅沢が果たしてこの世にあるだろうか。
