​夜の静寂は、時としてひどく饒舌になる。街の喧騒が遠のくほど、ネオンの瞬きや車のヘッドライトの残像が、網膜の裏側で勝手な物語を紡ぎ始めるからだ。


​そんな夜、机の深い抽斗(ひきだし)から取り出すのは、決まってオールド・テイラーのハーフボトルだ。

グラスは使わない。

キャップを捻り、そのままぐいと短く一口飲む。
琥珀色の液体が舌の上を転がり、喉の奥へと滑り落ちていく。その刹那、バーボンの甘くスパイシーな香りが鼻腔を抜け、胃の腑に熱い塊が落ちるのを感じる。

​オールド・テイラー。

かつてケンタッキーの地で、品質という名の正義をボトルに封じ込めた男、エドモンド・ヘインズ・テイラー大佐の名を冠した酒だ。

このウィスキーには、安っぽい慰めなどない。ただ、そこにあるのは、確固たる信念と、時の洗礼に耐え抜いた琥珀色の沈黙だけだ。

​窓を開けると、夜風が微かに埃の匂いを運んでくる。

どこかでサイレンが鳴っている。

誰かが泣き、誰かが笑う、この巨大な街の片隅で、私はただ一人、オールド・テイラーと対峙する。

​喉を焼くアルコールの刺激が、麻痺しかけていた感覚を少しだけ呼び覚ます。

複雑な時代だ。

白と黒の境界線はとうに曖昧になり、誰もがグレーの霧の中を手探りで歩いている。だが、このボトルの底に沈む歴史と情熱だけは、決して色褪せることはない。

​二口目をゆっくりと味わう。

キャラメルのような甘みの裏に潜む、オーク樽の仄かな渋み。
それはまるで、人生のほろ苦さを嘲笑うかのような、大人のためのスパイスだ。

​机の上に置かれたままの、宅配便の不在通知に目をやる。

昼夜を問わず届けてくれるというその親切心も、今の私には少しばかり重たい。

今夜はまだ、誰の声も聞きたくない。

​ボトルを抽斗に戻し、再び夜の闇へと視線を向ける。

オールド・テイラーの余韻が残る間だけは、この街も悪くないと思えるのだ。