詩人・長田弘の作品の中に「地図」と題されたエッセイがある。


幼い日にスティーヴンソンの「宝島」の世界に魅せられて、それ以来、自作の地図を描くようになったという。その地図は宝の地図で、お宝の場所がバッテンで記されていた。


福島市出身の長田氏は、その地図の中に火山の位置を必ず書き記したという。福島市近郊には吾妻山や安達太良山といった活火山があり、市民にとってはシンボリックな存在だったようだ。


地図そのものを描くことから始まって、物語の着想がふつふつと少年の頭の中に浮かび上がる。



すなわち、地図とは物語なのである。


街の地図や、世界地図を広げてみると、様々な地名が所狭しと点在している。


点で記された町々は唯の記号ではない。


そこには多くの人が住んでいて、その地名とともに彼らの日々の生活が、現在が、生き生きと脈動しているのだ。


地名の中には、街の歴史と人々の日常がすべて詰まっている。

そこから自ずとストーリーが生まれていくわけだ。


地図という平坦な図面を通じて、地名に潜む様々な驚きや発見がまるで隠されているかのようだ。



長田氏は、中でも北米の地図が好きだった。

地名の中にユニークなネーミングを見てとることが出来るからだ。


「新しいあの世」、「古い友達」、「読書」、「行方不明の馬のいる河」、「七人の天使の住む町」など。

その由来を思わず辿りたくなような地名が点在している。


そうした地図探求の趣味が高じて、ある年の夏、長田氏は前々から気になっていた街を訪ねるべく、北米旅行へと出かけたのである。


「HOPE(希望)」という名のついた街とはどんな街なのか。

サンフランシスコからカナダとの国境を目指してひたすら車を走らせたのである。


何百マイルにも及ぶ道のりを経て、カナダのブリティッシュコロンビア州にあるホープという町に遂に降り立った長田氏。


そこは山間にひっそりと佇む小さな町であった。


メインストリートが一本しかないその街を歩きながら、「希望」と名付けられた意味を探ろうとした。


そして、街に一軒しかないレストランに立ち寄り、カリカリのトーストと、カナディアン・ベーコンエッグ、それと冷たいミルクをいただいた。


三日もかけた車での長旅を経て、念願のホープでしたことと言えばそれだけであった。


しかし、美しい山々を眺め、レストランの窓辺に置かれた何気ない花鉢の美しさ、そして素朴な田舎町の風景を目に映すだけでも、十分な幸福感を得る事ができたのである。


作者はエッセイの最後にこう記している。


当たり前の人々の当たり前の暮らしが、当たり前のものとして、そこにある。


そのことこそが、希望そのものであるということを。



ホープ(希望)を旅した長田氏が、ロードムービーのような長旅を通じて得られたことは、地図に記された言葉は決してうそをつかないということであった。


地図から始まるストーリー。


あなたもまずは地図を広げることから始めてみませんか?