四月中旬の日曜日、久しぶりに福島県郡山市に行ってみました。
前にこの地を訪れたのは四年半も昔の事。
仕事の出張で初めて郡山を訪れたのを思い出しました。
この時は震災から二年くらいしか経っていませんでしたので、公園で除染作業を行なっていたりして、まだ復興途上という感じでした。
十月の暮れ、先輩と酒を酌み交わした夜が懐かしいですね。
今回は四月の訪問となりましたが、桜がようやく開花したばかりだというのに、早くも冬に逆戻りしたような天気でした。
とにかく、冷たい風が強く鋭く吹いていて、安積開拓の歴史を今に伝える開成館を訪れた時は、強い風が硝子戸を激しく打ち付けて何とも物悲しい雰囲気が漂っていました。
開成館とは、明治7年に区会所(郡役所の前身)として建築され、安積開拓の核である「福島県開拓掛」の事務所が置かれた擬洋風建築(西洋風に似せた建物)です。
明治9年、14年の明治天皇の東北行幸の際には、行在所(あんざいしょ、天皇の宿泊所)や昼食会場として使用されました。
開成館は現在安積開拓の歴史を伝えるための資料館となっており、安積疏水開削の経緯や、開成館にゆかりのある人物に関する資料が展示してありました。
漱石門下で小説家の久米正雄は、子供の頃、開成館の一隅で母親や兄弟らと住んでいたそうで、久米に関する文学資料や直筆の色紙などが展示してありました。
久米の代表作である「牛乳屋の兄弟」も安積開拓民の貧しくも逞しい姿を描いた作品として有名であり、やがて東京で作家として成功した久米にとって郡山はまさに忘れ難き土地であったに違いありません。
開成館の三階には、明治天皇が逗留した時に利用した行在所が忠実に再現されていました。
また、明治天皇行幸の折に随行したとされる大久保利通は、内務卿として安積疏水開削の計画に大きく関わったそうで、開成館には大久保関連の展示も多くありました。
特に郡山出身の彫刻家である三坂耿一郎氏の作である「開拓者の群像」は、安積開拓に携わった明治の功労者たちを配した作品であり、その中央には髭を蓄えた大久保利通が立っており、その突出した功績は今なお多くの地元民によって讃えられているのでした。
そして最後に行ったのが開成山公園。
郡山の中心部にある開成山公園は、桜の名所としても知られている場所です。
行ったタイミングが良かったと見えて桜はちょうど満開でとても美しかったです。
かつて広大な荒野に過ぎなかったこの土地に開拓民が次々と入植し、多くの困難を乗り越えて今の郡山があるわけです。
安積疏水によって大地が潤い、それを象徴しているのが開成山公園という訳です。
いくつもの美しい池や噴水からは、かつてこの地が恒久的な水不足によって水とは縁遠い土地であったと誰が信用するでしょうか。
相変わらず風は冷たくて冬のようでしたが、開成山公園の風景だけは間違いなく春であると感じた郡山旅行でした。







