1920年代は、世に「本格ミステリー黄金時代」などと呼ばれ、アガサ・クリスティやエラリー・クイーンなどのミステリー界の大立者が活躍した時代である。
一方、それから少し遅れて日本でも主に1930年代頃から個性的なミステリーやSF小説が新進気鋭の若手作家によって次々と発表され、さながら日本における「ミステリー黄金期」とも呼べる時代があった。
ちょうど戦前から戦中にかけての時代。
戦争の跫音が鳴り響き、厳しい検閲制度によって出版物に対する規制が強まる状況下にあって、彼らは創造の翼を広げて独自の世界を懸命に築き上げたのである。
しかし残念なことには、時代の風化作用によって何時しか此れらの貴重な作品群は作家の名前とともに忘れ去られてしまった。
拙ブログでは、このような作家に焦点を当てて、少しずつではあるが御紹介していきたいと思っている。
そんなわけで、今日は戦前から戦中にかけて活躍した夭折の作家・蘭郁二郎の作品について採り上げてみたい。
蘭郁二郎は、この時代を代表する若手作家の一人であり、おもにSF小説や推理小説などを書いていた。
彼は東京高等工業学校(今の東京工業大学)在学中から、同人誌に多くのSF小説を寄稿していたが、1931年に平凡社の「江戸川乱歩全集」の付録雑誌に「息を止める男」を発表して鮮烈なデビューを果たしたのである。
この「息を止める男」は、短編ながら蘭郁二郎独特の世界観がよく表現されている作品といえる。
さて、この物語の語り手である「私」には、水島という風変わりな友人がいた。
無くて七癖などと人には必ず何かしらの癖がある訳であるが、水島という男には「息を止める」という不思議な癖があった。
しかし、息を止める癖といっても、今で言うところの睡眠時無呼吸症候群のような病気の事ではない。
これは彼の癖と言うよりも趣味といった方がより適切かもしれない。
水島の言うところによれば、長い間息を止めていると胸の中が空っぽになって、胸の底からわくわくが込み上げてくるのだという。
そしていよいよ我慢出来なくなって一気に息を吸い込むと、その刹那に胸の中の汚れた物が一気に嘔き出され、心臓はまるで生き返ったように新鮮な搏動を刻み始めるのだそうだ。
「私」は、その話がまるで信じられなかったので、水島にどれぐらい息が止められるか試してもらうことしたのである。
ところが、水島は息を止めてから15分を経過しても、いっこうに息をする気配を見せない。
その間、水島の顔色は見る見るうちに悪くなっていき、まるで墓石のように生気が感じられなくなってしまった。
やがて20分を経過する頃には、「私」自身が見るに見兼ねる状況になってきてオロオロし始める。
水島は公然と友人の目の前で息を止めて自殺を図っているのではないか、そんな愚にも付かない事を考えてるようになり、心配が高じて眩暈すら覚えるようになった。
そして、間違いがあってはいけないと思い、土気色になった水島を力一杯ゆすぶって何とか正気に戻そうとした「私」であったが、水島にとっては当にその時が快楽の絶頂期だったのである。
その日以来、友人の不思議な趣味に興味を持ち始めた「私」は、毎日のように水島宅を訪れるようになる。
そして、今度は20分を経過しても決して身体を揺り動かして目を覚まさせるような真似をせずに放って置くことにしたのである。
すると、顔の血の気は引いてきて如何にも危険な表情をしていたが、一方では穏やかな顔にも見えてきて、さながら寝顔、否、安らかな死相というべき表情に見えたのである。
水島の言によれば、この時彼は現実の意識世界から幻想の世界へと向かっていたのだという。
一般の人も寝ている時に夢という名の幻想世界へと旅する訳であるが、無呼吸下における幻想世界もまたそれに類する世界だといえる。
しかし、普通の睡眠が呼吸下の中で行われているのに対し、水島が見る世界は無呼吸下に存在という意味において厳密な相違があるのだという。
それは人が胎児だった頃に見た幻想世界と同じものであり、この世界の中で胎児は無意識下で学習をし、その後の人生においてこの経験が大きな意味を成していくようである。
この物語の下地にはフロイトやユングらが唱えた精神分析学的思想が存在する事は確かであり、無意識の領域にこそ人間を規定する本質が存在するという意味において、水島は「息止め」という珍奇な手法によって内面の探求をしていたといえる。
その一方で、こうした馬鹿らしく子供染みた真似は、当時の学生たちの間で流行ったデカダンスな趣味の一つだったともいえるのではないか。
小津安二郎監督の作品「大学は出たけれど」に象徴されるとおり、昭和初期のこの時代は世界恐慌の煽りを受けて就職率は30パーセントという超氷河期にあった。
当時の大学生は、大学生であるだけで相当なエリートとよばれた時代である。
そんなエリートたちでも空前の大不況の影響を受けて職に溢れたのである。
水島たちもこうした社会状況の中で世の中に失望し、現実逃避の道に魅力を感じていたのかもしれない。
水島の息止めにしても、俄かには信じ難いことであるけれど、快楽に溺れるという意味では酒やヒロポンに溺れるのと同義で語られるべきものかも知れない。
そして最後に気になったのが、主人公の「私」が水島の息をしていないのを確かめるために使用した「鏡」についてである。
この鏡というのは、仁丹の容器に付属しているものであったらしい。
調べてみると、この当時、仁丹を入れるための金属製のケースが流行していたそうである。
仁丹と言えば、銀色をした粒々というイメージは湧くけれど、私たちの世代では実際に食したことが無いのが正直なところである。
仁丹には独特の薬草臭がしたので、当時の人々はこのような金属製のケースに入れて持ち歩いたようである。
そして、そのケースには親切にも鏡が付属してある物があったそうだ。
つまり、それを手鏡代わりにして身嗜みを確認するのに用いたのである。
主人公の「私」は、その鏡を水島の鼻下に近づけて、彼が鼻呼吸していないか確かめた訳であるが、それは当時としても珍奇な使用方法だったに違いない。
評点
★☆☆☆☆
