さて、今回が「紅はこべ」特集の最終回となります。

したがって、いつもの通り個人的な感想や、クライマックスについても少し触れたいと思っております。
 
さて、フランス革命について評価する場合に様々な意見が出てきますが、その意見の大概は両極端に分かれるような気がします。
 
ひとつは、世界史に残る偉大な市民革命という側面です。とりわけ人権宣言は、ルソーやヴォルテールといった啓蒙思想家が唱えた人民主権論がはじめて成文化されたものであり、人は生れながらに自由かつ平等であるという考え方は後の世に多大な影響力を与えるものでした。その他にも、言論の自由や、三権分立、所有権の排他性など、現代社会における基本的法理論の土台ともいうべき概念が多く盛り込まれているのです。
 
そしてこれまで社会の底辺に位置付けられていた平民階級の人々は、様々な制度的呪縛から解放され、はじめて自由市民としての諸権利と制度的自由が認められるに至ります。実際に多くの税制や規制が撤廃されるとともに、身分制度そのものが崩壊したことにより相対的に貴族階級の立場が凋落するに至るのです。
 
そして、長年苦しめられてきた平民階級の報復として行われたのが貴族階級に対する或る種の吊るし上げです。
とりわけジャコバン派率いる共和急進派勢力は、国外逃亡を図ろうとする貴族たちに対して苛烈きわまる摘発を断行するようになりました。
 
毎日のように民衆が集まる広場において公開処刑が行われ、貴族であれば老人であれ、子供であれ、女性であれ情け容赦なく断頭台の餌食となったのです。
 
人々は処刑される貴族たちの断末魔の叫びに熱狂しました。その光景が如何におぞましいものであったか想像に難くない筈です。
 
 
ここまで見てきたように、フランス革命には二面性があったと言えます。すなわち高い理想を掲げ、これまで搾取の対象となっていた人々を解放したという意味では文字通り偉大な市民革命だったのです。
しかし、その一方で人々は熱狂するあまり過激な方向へと進んでいき、積年の恨み辛みを極めて暴力的な方法で成し遂げたのです。それが貴族に対する壮絶な迫害へと繋がったわけです。
 
実際に、ジャコバン派の恐怖政治を指揮したロベスピエールやサンジュストは、思想家としては非常に高く評価されているのです。
貧しい人々を救い出し、人として生きるために必要な最低限の生活を保障するという考え方は、日本国憲法で最も重要な生存権の土台を成す偉大な理念だったのです。
 
つまり、我々はこうしたロベスピエールやサンジュストの功罪両方を押さえる必要があるのです。
 
さて、小説「紅はこべ」は英国の作家であるバロネス・オルツィが書いただけあって、フランス革命に対する評価はかなり王党派向きの考え方になっています。
 
すなわち、王様を処刑するような真似はまさしく野蛮な行為であり、「紅はこべ」のように貴族階級の人々を命をかけて救い出そうと努力する姿勢は、騎士道精神から見てもこの上ない理想と考えられていたのです。
 
ですから反対にショウヴランのような人物は血に飢えたケダモノとして恐ろしい程に冷酷非道に描かれたのです。
むろん、ショウヴランはロベスピエールやサンジュストと同類であり、英国的コモンセンスにおける最大のアンチテーゼであったのです。
 
 
この物語のクライマックスは、フランスの港町カレーで繰り広げられます。
フランス王党派の貴族トルネイ伯爵は、マーガリートの兄で共和穏健派のアルマン・サンジュストの手助けにより巴里を脱出し、ドーヴァー海峡に面するカレーにまでたどり着くのです。
 
彼らはカレー郊外にある岬近くの漁師小屋で怪傑「紅はこべ」こと、パーシイ・ブレイクニー卿と落ち合う手筈となっていました。
岬の沖合にはパーシイ卿が所有している船「真昼の夢」号が停泊しており、準備が整えばパーシイ卿の合図でいつでも接岸する用意が出来ていたのです。
 
しかし、それを阻止すべく革命政府全権大使であるショウヴランもまたパーシイ卿を追いかけてカレーの港までやって来るのです。
ショウヴランは陸軍の守備隊を動員し、カレーの港の至る所に兵士を配置し、鼠一匹でも逃さない程の厳戒体制を敷くのです。
 
こうした中でパーシイ卿がどのような手を使って敵の罠を掻い潜りながら脱出を図るのが、そこが最大の見所となっております。
 
そして、パーシイ卿の後を追っていたのはショウヴランだけではありませんでした。
前回お話しした通り、パーシイ卿の妻であるマーガリートもまたドーヴァー海峡を渡りカレー港までやって来るのです。
 
彼女はショウヴランの魔の手が近づいている事を夫に知らせるとともに、いままで真実を知らずに夫を頼りない男だと思っていた事を心から詫びたい気持ちになっていたのです。
 
仮にショウヴランの魔の手に落ちたとしても、夫のそばで死ねるのなら本望であると、マーガリートはそこまで考えていたのです。
 
しかし、読者の中には、マーガリートのような貴婦人がドーヴァー海峡を渡りカレー港までやって来たところで、彼女に一体何が出来るのかと感じる人もいることでしょう。
 
たしかに、マーガリートはパーシイ卿の足手まといになる可能性はあったと言えます。
しかし、彼女はそうならない為に必死に隠れながらパーシイ卿の後を必死で追いかけるのです。
草むらに隠れたり、側溝に身を潜める中で、服はボロボロに擦り切れ、手足は傷だらけになっても彼女は必死に夫を助けようとするのでした。
 
そして、マーガリートは実際にパーシイ卿や兄のアルマンを助け出す為にとても重要な役割を果たす事になるのです。
 
マーガリートのような社交界の華と謳われた貴婦人がそこまでの努力をする姿に誰しもが心を打たれることでしょう。
 
そして、話はハッピーエンドで幕を閉じるのであります。(かたや、ショウヴランは生きながらに地獄へ落ちる羽目に)
 
バロネス・オルツィはミステリー作家としても当代随一の実力を持っているだけあって、話を読み進めれば読み進めるほどハラハラさせられるのでした。
 
そして、焦らすような展開も非常に心憎いですね。
とくに、マーガリートがせっかく馬を飛ばしてドーヴァーまでやって来たのに、嵐の影響で船を出せず足止めを食らう場面では、読み手もマーガリート同様にジリジリとした焦りを感じるわけです。
 
そして最後に誉めるべきは村岡花子さんの素晴らしい翻訳であります。本作を読めば歴史ロマン小説としてかなり完成度の高い物語であると心から感じることが出来ることでしょう。
 
この続きは是非ご自分の目で確かめていただきたいと思います。最後まで読んでいただき心より感謝と御礼申し上げ、「紅はこべ」特集の締めくくりの言葉とさせていただきます。

評点
★★★☆☆
 
 
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紅はこべ(スカーレット・ピンパーネル)の花
 

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