自民党の総裁選は安倍晋三元首相が決選投票で逆転し、新しい総裁に選出された。


安倍氏の総裁就任は今回で2度目。加えて首相経験者ということもあり、本来であれば磐石な党運営が図られることが期待されるところだが、実際の世間の受け止められ方はその逆のようである。


時計の針を一旦6年前に戻してみる。安倍内閣は今から約6年前の平成18年9月26日に発足した。

5年半近く続いた小泉政権の後継政権ということで、嫌が応でも注目が集まったわけだが、自身に近い塩崎恭久氏を官房長官に、菅義偉氏を総務大臣にするなど、閣僚経験のない人物を重要閣僚に抜擢したことが内外から揶揄されて「お友達内閣」という有り難くないニックネーム付けられることになってしまった。


その後、平成18年12月には政府税制調査会の本間正明会長が公務員官舎の同居人名義を妻の名前にしつつ、愛人と同棲していることが判明し、本間は12月21日に税調会長を辞任した。そしてその直後の26日には佐田行革担当大臣に関する政治資金収支報告書の虚偽記載疑惑が浮上し、わずが2日後の28日に辞任する騒ぎになった。


しかし、波乱は翌19年になってから本格化することになる。

1月には柳澤厚生労働大臣が「女性は子供を産む機械」と島根県の党集会で発言し波紋が広がる。ただし柳澤大臣は結局辞任しなかった。


3月には松岡農林水産大臣の資金管理団体の不正経理疑惑が浮上。国会の答弁では「なんたら還元水」などと苦しい弁明に追い込まれ、5月28日に議員宿舎で自殺しているのが発見された。現職閣僚の自殺は昭和20年の終戦前夜、阿南陸軍大臣が自殺して以来のことであり、きわめて異例の事態となった。


その後、後継の農相に赤城徳彦氏が就任したが、赤城大臣も自身の後援会の不正経理疑惑で8月に辞任した(事実上の更迭)。顔に絆創膏を貼った状態で弁明会見を開いた絵が忘れられない(奥さんに顔を引っ掻かれたという噂だったが)。


それに前後して久間防衛大臣が「長崎の原爆投下はしょうがない」と発言し7月に防衛大臣を辞任している。後継には小池百合子氏が就任したが8月にイージス艦情報漏えい事件が発覚。8月末の内閣改造で自身は留任しない意向を公言するという異例の続投拒否会見を開いた。


その後、8月27日に安倍改造内閣が発足。

閣僚の不祥事と年金記録問題で瀕死の状態となった安倍内閣の最後の悪足掻きであった。


発足からわずか4日後には遠藤武彦農林水産大臣が、自身が組合長理事を務めている置賜農業共済組合農業災害補償法に基づく掛金115万円を加入者を水増しするなどの手口で国から不正受給していたことが発覚。当初は記者のインタービューで薄笑いをかますなど余裕の様子だったが、徐々に追い詰められ、就任から一週間足らずで辞任した。以来農林水産大臣のポストは「鬼門」と呼ばれるようになった・・・。



その後も額賀財務大臣の事務所未登記、鴨下環境大臣の政治資金収支報告書の借入金の記載不備、岩城内閣官房副長官の政治資金収支報告書虚偽記載、荻原健司経済産業大政務官(元スキー競技金メダリスト)の自宅電気代の自由民主党への付け替え等、疑惑が次からから次へと噴出し、安倍内閣はダッチロールを繰り返す有様に。


9月13日には「機能性胃腸障害」で安倍首相自身が入院してしまう。内閣総辞職を表明する会見は24日に病院内で行われ、翌9月25日に安倍内閣は総辞職した。


体調不良による退陣とはいえ、入院中に臨時代理を置かずに病院内で執務をしており、「機能性胃腸障害」という病名と相まって事実上の「政権放棄」であると揶揄された。


ここまで、前回の安部政権の概要についてプレイバックしてみたが、それでも私は安部政権にNOと言いたいわけではない。


あれから6年の歳月が経ち当時は若手総理だった安倍氏も今やベテラン議員にして派閥実力者である。


最近では日本の領土問題について韓国や中国の対応を舌鋒鋭く批判している。


その毅然たる態度は右寄りの人間のみならず多くの人々の賞賛を得たと思うし、安部総理復活の序曲としては上々の滑り出しだったと思う。


問題は総理になってもその態度が貫けるかである。最初の安倍政権はご覧のとおりの体たらくだったが、今度は初志を貫徹することができるかどうかである。


もちろん、中国と韓国の関係がこのまま悪化することは望まない。しかし、前述の発言もあり、安倍政権が誕生すれば、中国・韓国は間違いなく警戒することになるだろう。


こういう状況下で領土問題に直視し、より優位な関係に持っていくことができるか、安倍政権に期待するところである。


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