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最近、強訴の類が多くない?

思ったんだけど、なんだか最近

強訴の類が多くね?

しかもしっかり主張が通ってる。

最近だとC型肝炎しかり、派遣村しかり。

ちょっと前のことで薬害エイズ、ハンセン病、PSE(電気用品安全法)関連・・・

議員立法で「救済」したんだっけ ⇒ C型肝炎訴訟

国会だか官邸前に集団で座り込み圧力かけて、政府が最高裁に控訴するのを断念させたり。



厚労省の権限で講堂やら施設を開放してそこに収容したんだっけ。生活保護の申請も派遣村を経由すると一発で受理されたらしい。 ⇒ 派遣村

なんだかね、いろいろとガッカリだ。

理」が通るのではなく「力」がまかり通る世の中になるのかというのが一つ。

結局は力関係なのか・・・と。

「力で圧力をかけないと相手(たいていは国や企業)は真剣に応対しない」という、主張者側の認識が垣間見えることが一つ(まぁ事実そうなんだけど)。


「法は頼りにならないから、力づくで解決する」という社会の風潮になってきているのが一つ

結果として、「圧力のかけ方の上手い人達」や「力のある人達」の主張がもっぱら通ることになるんじゃないかというのが一つ。

そして、正義が通るのにこれほどの時間と労力がかかるのかということが一つ。



たぶんこれからも強訴に訴える人・集団が増えてくることは確実だと思われ。





裁判員制度について

裁判員制度のことを知ったときに思ったことは


どうせ省庁から上がってきた法案を、国会議員のセンセイ方が深く考えもしないで通した法案なんだろう


と思っていたが事実そのとおりだった。



官僚が法律を作る ⇒ 一応、議会制民主主義の建前をとるために国会に通す 


という、日本の政治におけるいつもの光景なわけだが


裁判は儀式


ということをはじめに言っておかなければいけない。


最近はさかんに裁判員制度についてのテレビ特集があるので、すでに知っている方も多いと思うし、いつかテレビでも放送されてた周防正行監督の映画 『それでもボクはやってない』でも劇中での会話シーンにも出てきたのだが、


日本の刑事裁判は99.9%が有罪になる


という明確な事実がある。


有罪率の計算式がどうのだとか、数値が無罪を主張してる件数をもとに計算していないとかいう声もちらほら聞かれるが、


裁判が開かれたらほぼ100%有罪になるというのは明確な事実。


裁判が始まる前から結果がわかっている・・・ということに他ならない。

さらに言うと、マスコミが新聞記事やらテレビの報道などで囃し立てて、一種のエンターテイメントになっているのが現状。


マスコミなんて所詮はマスメディア産業。金もうけしか考えてないから、ソース料がタダみたいな裁判結果をそのまま報道して、視聴率なりアクセス数なりを稼いでる。

一般の被告人を叩いて金になるならいくらでも叩くだろうね。・・・まぁこれは日本に限ったことではないだろうけど。


裁判員制度の対象事件を「死刑または無期懲役に当たる」「故意の犯罪行為により被害者を死亡させた罪」と定義。殺人▽強盗致傷▽傷害致死▽危険運転致死-などの重大事件が該当するっていうのはいくらなんでも乱暴な話。


結局のところ、裁判員制度の目的は、不安定な治安にたいして、国民の意識を権力の側から治安を考えるように教育動員することのように思える・・・・・条文にはそうかかれている。

この目標設定には納得できるところはある。・・・・手段が正しいのかは別として。


裁判の傍聴とかをしてきた自分に言わせてもらうと、国民の刑事裁判に対する関心が低い。

ってか、やばいくらいに関心がない。


このままでいいのか、裁判員制度って言う前にこのままでいいのか日本の裁判とは前々から思ってた。

裁判やら刑務所に税金をつぎこんでいるわけだから、もっと関心を持ってしかるべきだし、刑事裁判にかけられるような人を作り出した社会には作り出した責任の一端がある。


なんで日本人はこんなに社会に対して無知なんだろう?

結局は「自分の幸せだけが大事」って事なんだろう、とそう理解して自分の中ではスッキリ解決してる。


今回の制度、不出頭10万円科料・秘密暴露50万円罰金または6ヶ月禁固と結構な重罰付きの強制。

貸金業者が上限金利以上の利息を取り立てていても罰則はなく、一般市民は裁判員を拒否すれば懲役刑ですわw


普通に仕事を持っていたり家族の面倒をみている一般人を、 紙切れ一枚で仕事を休ませて呼びつけられると考えている時点でずれてます。


なんなんだろう?官僚組織の組織構成員以外に対するこの無感覚さは・・・。富山県や鹿児島志布志事件、高知白バイ衝突死事故・・・と、あらゆる場面で官僚組織の異常性が散見される


改めてこの国の病根がいかに深いかを思い知る。

自浄能力がないんだな、司法が。自分たちではどうにもできないんで、国民を巻き込んでなんとかしようっていう考えなんだろうとは思う。無罪判決を頻繁に出す判事は地方にとばされるのが、裁判所の常識らしい。


ただ、担当した事件のことを匿名で話したいのなら、こんなときこそ2ちゃんねるの出番だろネットカフェから書き込みすりゃ身元がばれることはないって思うね。こんな時にこそ存在意義をアピールしてほしいw


あと、裁判員制度はちゃんと調べれば、結局の所どうということのない制度だということがわかる。

日本の裁判は三審制で


地方裁判所 ⇒ 高等裁判所 ⇒ 最高裁

となっている。


裁判員が参加するのは地方裁判所のみであり、地裁で出された判決が高裁で変わるなんてのはしょっちゅうある話。

なので、結局はプロの裁判官が決めるんだと楽にかまえてればいい。


日本は三権分立ということになっているが、漏れの感覚からいうと絶対に違う。

「司法・立法」は「行政」に従属してる。これ正解。

明治時代から続く官僚主導国家が日本の実態である。

「司法・立法」と「行政」の予算を比べてみればあまりに規模が違うことに気づくはず。
 
普通に考えてわかることだし。


PSE法(電気用品安全法)が施工されたときみたいな騒動にになるかもしれん。
(詳しくは↓で)
http://ja.wikipedia.org/wiki/PSE%E5%95%8F%E9%A1%8C

PSE法の時は坂本龍一やら著名なアーティストらが反対運動の音頭(笑)をとってたな。


結果、形式上は「レンタル」だが、実質上は「売買」という脱法的で姑息な手段を容認する形で落ち着いた。

結局は官僚の胸先三寸で理屈を捏ね回して法律を骨抜きにする事も可能だという、官僚の実力を見せつけてくれた事例だった。


そして今回の裁判員制度は真っ向から反対表明をしてる著名人もいるし、数も多い。


裁判員制度が今後どうなるのか俺には予想がつかないし、今後楽しみなところでもあるw


発達障害について その4 発達障害と戸塚ヨットスクールPart1 

発達障害と戸塚ヨットスクールを関連付けて考える人はいるのだろうか?


と思い、「発達障害 戸塚ヨットスクール」で検索かけてみたのだが、思ったよりヒットしなかった。


ヒットした中でも、↓は一見の価値があるブログだと思う。


http://blog.goo.ne.jp/amaamamikann/e/17f04137a73209f261aa5883a8f083db


ただ、戸塚の関係者らしいのがちらほら現れてるみたい。
マジでキメエ。

しかも、そいつの、文章には、やたらと、句読点が多い。

発達障害の一つの指標とされている、

・ 句読点が抜けたり、正しく打つことができない
http://www.mext.go.jp/b_menu/public/2002/021004c.htm

にものの見事に当てはまっているような・・・文章も変だし。


発達障害者が発達障害者に対して暴力を振るっていた(時に殺害)のだろうなあと推測。



ここにも現れるかも試練w



発達障害不登校が関連付けられて語られている現状なのだが、



不登校 ⇒ 戸塚ヨットスクール(フリースクール)に入れる



という様式が一般的になっていた(現在もそうである)のに、



なんで発達障害との関連性を連想できないんだろう?




戸塚ヨットスクールとかのHPの記録を読んでみても、


発達障害の生徒がいた気がしてならない


ってか、発達障害そのものだと思う



発達障害は遺伝するらしいので、”情緒障害児”の親もたぶん発達障害者だと思う。


戸塚に子供を預けるなんて、世間の空気が読めてないよ・・・発達障害者にありがちだけど。


子供は発達障害だわ、そこにつけ込んだ戸塚みたいな犯罪者集団に金を毟り取られるわ、踏んだりけったりだよなぁ・・・ ⇒ ”情緒障害児”の親