コロナ明けてフィリピンに渡航して思うこと 前編 | 女性の視点で寄り添う、フィリピン不動産10年の実績。

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2022年1月、久しぶりにフィリピンに入国しました。前回は約2年前、2019年にコロナ関連の問題がなかった頃、私は日本に完全帰国していました。

当初、毎月のように行き来する予定でしたが、日本に帰国後も何度かフィリピンへ行き、その中で2020年3月に都市封鎖が発表された日があります。
その日、フィリピンの大統領ドゥテルテさんのスピーチが聞きづらく、知り合いが某航空会社に勤務していたおかげで情報を得ました。


彼らは、「今すぐ日本に帰国した方が良い」と私に忠告しました。

実際、2020年1月には中国でコロナが広まり、マニラでも死者が出たという不安定な状況での入国だったので、その時点で覚悟は決めていました。

都市封鎖の発表当日はフライトがなく、翌日の便を予約しました。

都市封鎖の規模や影響が不明瞭で、グラブタクシーも利用できず、ドライバーも外出できない可能性があると知人から聞きました。最悪の場合、空港も封鎖されるかもしれないとのこと。

その日の夜、次の日の便であっても空港に向かう決断をしました。手には毛布を持って。もしバックパッカーだったら、慣れていたかもしれませんが、私にとっては異例の状況でした。

空港に到着すると、既に大混乱が広がっていました。駐在員の方々はまだ指示を待っているようでしたが、空港のカウンターも混乱していました。私はチケットを持っていましたが、次の日まで待つことに決め、寒い空港で毛布を敷いて一晩過ごしました。正直なところ、フライトが予定通り飛ぶかどうか不安でした。

搭乗時間が近づいたため、毛布を片付けようとトイレの清掃員に尋ねました。「この毛布をいただいてもよろしいでしょうか?」と。彼女がそれを使ってくれるなら、喜んで差し上げたいと思いました。彼女は喜んで受け取り、お礼を言いながら急いで搭乗口に向かいました。

今考えると、10年間住んでいた国でもこんな事態になることを思い知り、自分が外国人であることの孤独さを感じ、心細さを感じました。