ここ数年、更年期の名残か自律神経の不調から目眩耳鳴りなど(梨状筋肉痛も)多発して、病院を色々巡って漢方と音楽療法とストレッチに落ち着いている。

以前は好きなバンドのYouTubeばかり観ていたのが、最近では自律神経を整えるヒーリングミュージックや耳鳴り軽減の滝の音、坐骨神経痛予防ストレッチなどなど。(リハ前はバンドの課題曲中心)

 元々、占いやスピリチュアルヒーリング、宇宙の話などが好きなので、案外心地が良い。

立場上、日々雑務に追われていると、自身の作句意欲がそげてきて、精神も痩せる。それを補填してくれるのがヒーリングミュージックである。


母が存命中の晩年の2019年春までは、勿論コロナ禍でもなく、私も更年期症状もゼロでパワーの塊のようにあちこち移動していた。

そこから、三年。世の中が変わると同時に、自身も様々なものを相続し、のちに代表を短期間勤めていた会社の解散、篠主宰として俳句専任、孫が二人誕生、夫の転職、セカンドハウス購入など目まぐるしかった。(もっとあるが略)

体調を崩して家にいる時間や睡眠時間を作るようにしている内に、憑き物が落ちたかのように無欲になってしまった。


 母が俳句である程度名前が売れていたということもあって篠に投句するだけが私の俳句との関わりだった。結社外の俳句の集まりにも全く参加していなかった。第一句集『プールの底』を刊行してから、母に同行して色々な集まりに行くようになるも依然として私の生活の中心は子育てと仕事とロック(家族バンドも)。

 母の持病が悪化して代わりに色々やるようになって外の世界に顔を出すようになった。

 知らなかった。同世代の方々がこんなに早くから超結社句会や勉強会で集まっていたとは。

 それでも、外部と非接触だった期間を取り戻すかの如く色々な所に出向くようになり、主宰となった今は俳人協会県支部の方々をはじめとして知り合いが相当増えた。

 篠をもっと盛り上げていきたいという気持ちはあるが、一個人としては無欲である。

 色々なものに挑戦できないままに主宰となり、友人や仲間や知り合いが選者を務める各賞などに応募もままならず、一俳人として出来ることに制限がかかったというのもあるかもしれない。


それ以上に、ここに今生きている奇跡を十七音に刻んでいきたい。ただそういう気持ちとなっている。(時に詩も書く)

宇宙へ飛躍のような大仰なものではなく、自然を敬い感謝の気持ち、一体感、人と人の繋がり、様々なものを日々詠んでいくことで、それは宇宙意識に混在していくのではないかと思う。

皆さん立派な知識や持論があり、ためになるブログを書いている方ばかりなのに、独白ともつかぬこんな文章を読んでくれて有難いと思う。

さあ、今の自分の気流に新しい翼で自由に飛んでいこう。

なぜか、今のような気がする。