前回先に横浜の前の10月に分杭峠にも行き、挟んで下田、そして秩父や行田なども訪れている。なので①は分杭峠、秩父、吾野、行田とする。②で赤坂、池袋、下田と続ける。
都心だと十一月始め頃ならまだ銀杏が緑色なので、気温の低さ、夜昼の寒暖差がわかる。
暦の上ではすぐ立冬という時であったが、空はまだ秋の気配であった。
これは、本当に初めての組み合わせで、私と家人、義妹とで何と午前3時に我が家を出て、長野の分杭峠に行ってきた。義妹のかつてからのリクエストで、ゼロ磁場に。ここでは、氣をもらうのではなく自身の氣を洗い流す感覚とのことであった。車で行っても途中からはマイクロバスで行く必要があり、時節柄少しずつ中に。この波動は人によって感じる場所が違うらしく、家族は水のところで感じたらしい。帰りは伊那市で蕎麦を食べて、家人の実家に寄った。
これは、本当に初めての組み合わせで、私と家人、義妹とで何と午前3時に我が家を出て、長野の分杭峠に行ってきた。義妹のかつてからのリクエストで、ゼロ磁場に。ここでは、氣をもらうのではなく自身の氣を洗い流す感覚とのことであった。車で行っても途中からはマイクロバスで行く必要があり、時節柄少しずつ中に。この波動は人によって感じる場所が違うらしく、家族は水のところで感じたらしい。帰りは伊那市で蕎麦を食べて、家人の実家に寄った。
登れども登れども階段で、それも途中から急。
こんなに上ったのは四国の金刀比羅神社以来だろうか。もう無理かもと思いながら頑張った。
下りは途中から迂回路のような下り坂で無事戻れた。
それでも、また近くの忍城にも寄るぞと勇ましく。