長瀞花の里花菱草園に行ってきました。濃い黄色、オレンジがかったお花が珍しく、自然もいっぱいで良かったです。もう一週間が経とうとしていますがまだ見頃かと。周りに咲いている緑色の紫陽花は蕾ではなくそういう品種みたいです。
長瀞町郷土資料館
昭和55年に開館し、民具と遺跡出土品のコーナーがあり長瀞で有名な養蚕としては機織り機、またそれ以外の畑作、山仕事、 漁労や生活道具に130ある中の三つの遺跡からの出土品が展示されています。
川面遺跡、大滝遺跡、上長瀞古墳群の三つ。
また国指定重要文化財の旧新井家住宅と共に観ることができます。
旧新井家住宅
長瀞役場の近くにあった新井氏から寄贈を受けて昭和50年に移築。最も古い三峰神社のお札は今から270年前のものだそうです。江戸中期八代将軍徳川吉宗の時代の建物と推定されています。
建物は養蚕農家の屋根裏構造で板葺屋根である。竹の上に栗板を重ねて建てられ、要所要所に竹やアケビの蔓が使われているのが特徴です。
秩父市内には今でも竹林が多いので、素材としては頷けます。
馬屋も内部にあるのが珍しいです。
寝室を「へや」、客間の「でえ」、養蚕にも使われる居間の「ざしき」、台所「でえどこ」、臼のある「じがらば」で構成されています。この言葉は秩父長瀞地方のだんべえ語にも通ずるのかもしれません。
にがりと土と筵で固めた床の質感は今でも感じることができました。
そして土産物屋も兼ねた酒屋さんの奥の工場もちらっと見ることができました。
そのあとにギリギリかなと思いながら、いつも近くまで行くのに入った事のなかった銘仙館に。やはりギリギリだともう奥までは入れず前の方の部屋のみの見学に。また行きたいです。
ちちぶ銘仙館
ここからはまた地元情報。
作業の合間にもウォーキングが必要なわたしはサイトからの情報を得て徒歩圏の新たな店に行こうとiPhoneのナビでてくてく。ところが昨日も今日もお休み。なので昨日は夕月を再訪して魚定食。今日は家族と近くのデパートのレストラン街でイタリアンを。外食が続くので夜は豚しゃぶのゴマだれも減塩減糖で手作りしました。野菜は常に多め。
そして、この川辺にあった病院に毎日お見舞いに行っていたため、時に寂しさがこみ上げて足遠くなってしまった黒目川。釣り人が網で魚を捕獲していたのと、外国人がミニテント張ってバーベキューしていたとこに驚きました。
前はもっと、この辺の子どもや住民の憩いの場だったのに。今はネット検索などで穴場として紹介されているのかもしれなません。春の両岸の桜並木は何キロも雪洞が続き桃源郷のごとく絶景なのです。朝霞市はこの黒目川と彩夏祭の花火が自慢です。
こんな感じで日常から非日常へと脱却しては戻り、まだ終わらない法務局関係の手続きの煩雑さに肩を落としている日々。
ストロベリームーンはなぜか我が家からは白くてiPhoneては撮れませんでした。
そして昨日は新潟下越地震の速報に驚きました。地震に遭われた皆様のご無事をお祈りします。
滅多にない事なのですが、その日の夕方突然眠くなって夕寝したときに怖い夢を見ました。
最近、薄暗いところで細かい字が見えにくくなゆも文庫本で長塚節の『土』を再読しており、その中の貧困や病苦への辛さと、先日見た古い家屋のイメージが結びついたのかもしれません。
昨日当たり前だったことが今日もできるとは限らず、常にいざという時のために備えて置かなくてはなりませんね。自戒を含めて。
農耕民族が基本の日本人は大昔からやってきたことですが、今は便利になって感覚が麻痺しているのかもしれません。
六月末は母の知人や県支部の個人的な吟行句会が続きます。寝付きが悪い昨今なので起きられるようコーヒー控えて努力中です。









7月2日火曜13時半 篠の子句会 南朝霞公民館
6日土曜13時 俳句大学句会 シーノ大宮
20日土曜13時 六本木句会 久國神社谷箪会館
篠189号35周年記念追悼号は7月半ば迄に発送予定です。