東名あおり運転判決要旨の分析 | 元裁判所職員の走り書き

東名あおり運転判決要旨の分析

先週金曜日の記事の続きです。

今回の判決の要旨は

https://www.jiji.com/jc/article?k=2018121400775&g=soc

を参照してください。

そもそも、この裁判で問題となっている点は2つあります。
まず、今回の事故による死亡が、被告が被害者の車に自分の車をぶつけるなど、被告の直接の行為によって被害者が死亡しているわけではなく、被告によって車を止めざるを得なかった被害者らが、その後後続のトラックが追突することによって死亡しており、被告の行為と死亡という結果について、因果関係があるといえるかどうか、つまり被告のせいで被害者が死亡したといえるかどうかが問題となります(判決要旨でいうところの争点2)。
次に、検察がこの罪に当たるんだといって起訴した「危険運転致傷罪」に問えるかどうかが問題となります(判決要旨でいうところの争点1)。

今回、裁判員の方々が悩みを見せたとおり、これが被告のせいであることや、被告を厳罰に処したいということについては、普通の人であればそう思うのが通常なのではないかと思われます。
しかしながら、日本では、罪刑法定主義というきまりがあります。それは、法律で犯罪であると決められていなければ、どんなに倫理上、道徳上非難されるような行為であったとしても、日本ではそれを罪に問うことはできないのです。これは、自分の立場で考えてみれば当たり前のことなのですが、普通の生活をしていたところ、ある日突然刑法が改正され、昨日までの行為が犯罪になったから、罰を与えると言われたらたまりませんよね。なので、今回のあおり運転事件も、その時に存在した法律にきちんと当てはめることができなければ、罪に問うことができません。
今回のあおり運転の事故では、検察官は、「自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律(いわゆる自動車運転死傷行為処罰法)」の2条4号にある「人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為」によって人を死亡させた者は一年以上の有期懲役に処するという罪に該当するということで起訴しました(裁判官に認めてもらえなかったときのことを考えて、念のため監禁致死傷罪を予備的な訴因としていますが、これは割愛します。)。

条文上は、①人又は車の通行を妨害する目的、②走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近、③重大な交通の危険を生じさせる速度という3つの要件を満たすような自動車の運転行為であることが必要であるところ、①と②については問題がなく、停車した行為が、③の重大な交通の危険を生じさせる速度で運転する行為といえるかどうかが問題となっています。

今回の判決では、起訴状を読んでないの推測にはなりますが、検察官は、加害者の停車により、被害者の車を止めさせたことで事故が発生したという構成を取っているところ、裁判所は、停車行為は危険運転致死傷罪における速度要件を満たさないが、それまでの一連のあおり運転行為が一体として危険運転行為であって、その行為と死亡との因果関係を認めたものとなっています。

裁判官としては、この点かなり苦慮されているのではないかと思います。
個人的な感想にはなってしまいますが、車の停止という行為は、ある程度の速度で進行する車を完全に停止するまでに数秒かかるものである以上、ブレーキを踏み始めて止まるまでが停止行為だとすれば、おおむね100km/hで走る車を急激に減速させて停車させることは、③の重大な交通の危険を生じさせる速度といえ、それ自体で上記①~③を満たす危険運転行為だとすることができたのではないかと思っています。そうでないと、あおり運転による危険運転行為が停車行為しかなかった場合には適用できないことになりかねませんし、急激な原則行為をして、後続車両を停車させて事故が発生したとしても、加害車両が完全には停車しなかった場合と停止した場合とで、危険運転致死傷罪の構成要件該当性が異なることになるのはおかしいと思います。
おそらく近い将来、判例時報や判例タイムズ等で解説がされることと思うので、その点の評価を待ちたいと思います。

争点1の因果関係については、判決では、4度の妨害行為→停車行為→暴行行為→追突という流れに因果関係を認めています。停車行為が危険運転致死傷罪における実行行為でないとする判決の構成では、妨害行為では死亡する事故につながったとはいえませんから、正直、因果関係の成立について厳しいかなっていうところもあります。例えば、妨害行為をAとBという2台の車がCという1台の車に対して行った場合、Aが妨害行為のみ、Bが停車行為のみをしたと考えると、Aの行為だけでは死亡しません。もちろん、AとBとの行為に共謀が認められれば、共犯で処罰されますが、実際に起こるかどうかは別として、まったくの無関係の2台の車だった場合、AもBも危険運転致死傷罪では処罰できないことになりかねないと思います。


被告人が控訴した場合、裁判員のいない裁判官3人だけで判断されます。
法律論としては、最終的には最高裁の判断を見たい気もします。特に、今は最高裁に刑法学者の山口厚さんもいますし。
しかし、被害者遺族としては、早く刑に服してもらいたいでしょうから、被告人が自らの行為を反省してこのまま確定するのが1番ですよね。

将来的なことを考えて、立法府である国会できちんと議論されることを期待します。