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今日、ある女性政治家のXでの発言が話題になっていました。

群馬県の公園にあった朝鮮人追悼碑撤去のニュースについて言及したもので、「日本国内にある慰安婦や朝鮮半島出身労働者に関する碑や像もこれに続いて(なくなって)ほしいです」などと持論を展開。そして、ある私有地の徴用工像の画像をXに投稿し「私有地ということで、撤去できない状態です」などと書き込みました。

この公用地ではない私有地にまで至る過剰な発言に、多数の批判が殺到したようです。

えー?この議員は、以前にmy blogで取り上げたことがあったので記憶にありました。


それ以外も調べてみるとかなり酷い魂

そもそも、みんなの党から出馬し初当選。維新に鞍替え、思惑通り比例で滑り込み当選。分党に伴い次の選挙で落選。自民党から出馬し、比例区で優先され当選。現在まで3選。

つまり、理念や理想がある"政治家"ではなく、当選を目的にした"政治屋"の類いもやもや

過去には問題発言が多く、保育では「待機児童なんていない」ハッLGBTには「女性差別は存在しない」ハッ性被害には「女性はいくらでも嘘をつく」ハッなど。アイヌの民族差別発言に対しては法務局が人権侵害ハッとして認定。

そして、極め付けは昨年末発覚した約1500万円札束のキックバックハッ一切謝罪をしない彼女も、これは謝罪。

「深く反省申し上げ、今後もしっかりと信頼回復のために努めて参りたい」

当然、議員辞職なんて無しw
こっそり安倍派から離脱ww

いや、笑えない…

ロシアの文豪ドストエフスキーは名作『罪と罰』を遺しました。


この和訳だと分かりづらいですが、書かれていることは"法的な犯罪"と"倫理的な罪"の違いでした。当然、テーマは後者の重さです。

ともあれ、この議員が6年前に発言したのが「生産性」という言葉でした。これは脳科学者からみるとどういうことなのか下矢印





『第三文明』2018年10月号
脳科学者 茂木健一郎
【もぎ・けんいちろう】1962年、東京生まれ。東京大学理学部、同法学部卒。同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、英国ケンブリッジ大学を経て、現在ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。2005年に『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞、09年に『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。著書多数。


Q.
某議員がLGBT(セクシャル・マイノリティ)の人へ「生産性がない」と発言しました。この件をどのように考えますか?

Ans.
「生産性」というのは、この場合、お子さんを産んで育てるということを指しているのでしょうが、そのような一つの視点で人を評価してしまうことが、極めて不適切であることは言うまでもありません。


子どもを産んで育てないと「生産性」がないという発言は、すべての方々に対して不適切だと言えます。さまざまな事情で子どもがいらっしゃらない家庭はいくらでもあります。

とても残念なのは、この発言をされた議員さんご自身には子どもがいらっしゃるということです。そのこと自体は素敵なことだと思いますが、だからこそ、そうではない他者に対する想像力を持っていただきたかったと感じるのです。


子どもを産むことが「生産性」であるというご発言は、ある意味では、ご自身の生き方を自己肯定していると言えます。そして、そのような発言は、人として最も気をつけなければならないことだと思うのです。

人の生き方を考える時に、自分の生き方がそのまま最も良い生き方だと考えるのは、楽ではありますが、成長につながる道ではありません。

世の中にはさまざまな生き方があって、自分の生き方はこうだけど、あちらの生き方はこうで、どちらもいい。そのような多様性に対する想像力や感受性があってこそ、成長できる。

そのような方こそ、これからの日本、世界の未来を切り開く国会議員としてふさわしいと感じます。


アインシュタインは、「一日のうち、何度も、自分の生活がいかに多くの人の努力によって支えられているかを思い出す」という言葉を残しています。

普通に生活し、仕事をしているだけで、私たちは毎日数千、数万の方々のお世話になっていると言えるのではないでしょうか。

私たち人間は、お互いに支え合っている。「生産性」ということで人間を評価するのはそもそも愚かなことですが、もし「生産性」ということを言うのであるならば、社会全体に目を向けるのは当然だと思います。


人間は一人では生きていけない。一人の人間は、赤ちゃんのように無力なのです。お互いに支え合うからこそ、私たちは強くなれる。進歩することができる。

さまざまな方がいらっしゃる、多様な社会であってこそ、支え合いも豊かに、柔軟なものになります。

そんな当たり前の理屈を、繰り返し、時折、確認すべき時代が来ているのかもしれません。


今回の「生産性」発言はとても残念なものでしたが、この発言についての議論が深まることで、かえって、私たちの社会において多様性がいかに大切かということの理解が進むのだとすれば、雨降って地固まるということになるかもしれません。



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