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不安定な世界情勢、様々なニュース、そして身近な悩み…脳がパンクしそうな日々だからこそ、その苦しんでいる脳🧠自体を学んでいきたいと思います。
脳を知り、脳を鍛えると、全てが変わる
脳科学者
茂木 健一郎
【もぎ・けんいちろう】1962年、東京生まれ。東京大学理学部、同法学部卒。同大学院理学系研究科物理学専攻課程修了。理学博士。理化学研究所、英国ケンブリッジ大学を経て、現在ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。2005年に『脳と仮想』で第4回小林秀雄賞、09年に『今、ここからすべての場所へ』で第12回桑原武夫学芸賞を受賞。著書多数。
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Q.脳を鍛えるとはどんなことを意味するのでしょうか?
A.1890年、アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームズは、「意識の流れ」を提唱しました。その頃から、"脳は10%しか使われていない"という説が言われるようになったのです。
William James
(1842-1910)
脳科学の立場からも、「脳はサボっている」とまでは言いませんが、脳が持つ潜在能力と比較して「随分と楽に活動している」といえます。
このような背景があって、パズルやドリルなどを使った、いわゆる"脳トレ"がブームになったのだと思いますが、これは食事とサプリメントの関係に似ているように思います。
栄養バランスの悪い人がサプリメントで不足した栄養を補うケースがある一方で、十分に栄養バランスがとれた食事をしていれば、サプリメントは必要ない。この関係に近いのかなと思っています。
その意味で、"脳トレ"はサプリメントのようなもので、これに取り組むのもいいですが、脳が本来持っているポテンシャルを発揮していくためにも、脳を総合的に、バランスよく使っていく意識を持つことが、脳を鍛えるうえで大事になってくると思います。
Q.実際に、脳を活性化させるためにはどんなことをするのがよいのでしょう?
A.脳には「強化学習」という機能があります。例えば、動物に餌を与える時、ボタンを押すと餌が出る仕組みを設置したとします。すると動物は、試行錯誤の末に、その仕組みを学習し、毎回餌を得られるようになる。これが「強化学習」の一例です。
脳は、幸福感などが得られる「ドーパミン」という神経伝達物質を報酬として、前頭葉を中心に強化学習が行われます。脳を鍛えるには、この強化学習の回路を使うのがいいのですが、困ったことに、この回路は、その人が苦手なことや経験したことがないことにチャレンジして、それができた時に強化されるという構造なのです。
子どもの頃は、九九や英語を学ぶなど、初めてのことにチャレンジする機会が多いのですが、成熟した世代になると、たいていのことが、それまでの豊富な人生経験で回せてしまうようになります。だからこそ、年齢を重ねるにつれて、意識的に新しいことにチャレンジすることが大事なのです。
年齢を重ねていくうちに、教えられる立場から教える立場になったり、後輩から先輩になるなど、人生において新たな役割を担うことがあります。そういった時もチャレンジの好機だと思います。
ほかにも、子育てや介護など、人生の節目で出合う課題もまた、脳にとってはチャレンジになり得るものです。そうなふうに、人生の課程で現れてくる目の前の課題に一生懸命に向き合っていくことが、結果として脳を鍛えてくれるといえるでしょう。
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Q.超高齢化社会の中で、認知症対策が一つの大きな課題になっています。この課題に対して、いわゆる"脳トレ"は効果があるのでしょうか?
A.以前であれば、認知症の症状が現れる前に寿命が尽きていたわけですが、人生100年時代と言われるようになり、認知症の症状が現れる人が多くなってきているのは確かです。
ただ、認知症の根本原因や治療方法などはまだ確立されていません。だからこそ、いかに予防するかが注目されているのだと思います。そのためには、やはり、脳を多角的かつアクティブに使うことが効果的です。これについては、全年齢的にいえることなので、何歳からでも遅過ぎるということはありません。
Q.認知症へのアプローチでは回想療法なども注目されています。過去を振り返ることは脳にとってどんな効果があるのでしょうか?
A.過去の懐かしい思い出を振り返る回想療法も、脳のトレーニングになると思います。マルセル・プルーストの長編小説『失われた時を求めて』の中に、有名なシーンがあります。
『À la recherche du temps perdu』
(1913-1927)
Marcel Proust
(1871-1922)
主人公が紅茶とマドレーヌを口にした瞬間に、過去の記憶が蘇ってくるというシーンです。これは、「無意識的記憶」と言われますが、人生を振り返った時に過去の記憶が蘇る瞬間、少しの時間だけでも、その記憶に向き合ってみることは、脳にとっても良い刺激になると思います。
Q.情報が大量に溢れた現代社会において、情報とどのように向き合っていくことが脳にとって良いのでしょうか?
A.アルビン・トフラーが、1970年のベストセラー『未来の衝撃』で一般化させた「インフォメーション・オーバーロード(情報過多)」という概念があります。
Alvin Toffler
(1928-2016)
まさに現代のような社会のことを指しますが、何をどう選択していくのかが、もの凄く難しくなっている時代ですよね。
何かを選ぶ時には、脳の「大脳基底核」という部分が使われているのですが、ここを使うことも立派な"脳トレ"になります。例えば、"今日のランチは何にしようか""今度の旅行はどんなところを巡ろうかな"と考えることも、脳にとって良い刺激になります。"どこでもいいや""何でもいいや"とせずに、積極的に情報を選び取っていく意識が大切なのです。
一方で、頭を空っぽにすることで立ち上がる脳の回路もあります。ですから、時にはスマホなどのデジタルデバイスから距離をとり、奥行きがあって予測のつかない自然の眺めに目を向けてみることも大切です。
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Q.人間関係の中でも脳は鍛えられていくのでしょうか?
A.人間関係のような複雑なものは、脳にとってとても大切です。例えば、人生100年時代を見据えた時、定年退職後にも社会との接点を持ちながら、そこで人間関係を維持することも脳の活性化に役立ちます。
最近は、団地で一人暮らしをされている高齢の女性が、ユーチューバーをされていたりもしますが、今はそのような形で社会との繋がりを持つこともできます。人間関係は複雑で面倒くさいものですが、先が見えないことこそ脳を鍛えてくれるのです。
また、雑談も最高の"脳トレ"です。雑談のような言葉の乱取りは、いくら人口知能が発達しても、人間と同じように行うことはできません。そんな人間らしい雑談こそ、脳にとって良いトレーニングです。
Q.先が見えないことや失敗することに不安を感じる人も多くいると思います。そのような不安と向き合う時、脳はどんな働きをするのでしょうか?
A.僕は自身の人生哲学として、"偶有性の海に飛び込め"という信念を持っています。偶有性、つまり何が起こるか分からないからこそ、人生は楽しいものなのではないでしょうか。人生も社会も、複雑で先が読めないことばかりです。だからこそ、それを楽しんでいくことが、脳を若く保つ一番の秘訣になると思います。
また、失敗を恐れることが多々あると思いますが100%成功するというのは、脳にとってチャレンジにはなりません。50%くらい失敗するかもしれないという状況のほうが、脳にとってはいい。その意味では、失敗を恐れずに"偶有性の海"に飛び込んで、脳が喜ぶトレーニングをしてみてほしいと思います。
「第三文明」9月号より
完