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🎓恩師
「歴史を学ぶことは、自らの生き方を探究することである。そして、歴史を学ぶことによって、人間は自らを高め、外なる権力や内なる感情などに左右されることのない、聡明な自分自身を築きゆく一歩を踏み出すことができるのです」
20世紀は、2回の世界大戦や核兵器の開発など「大量死(Mega Death)の世紀」と呼んでもいいでしょう
そして、🦠コロナ禍の今、新しい社会の在り方が模索されています
この時を人類の転換点、自身の変革点にしていけるチャンスと捉えるために、今日は世界の歴史から学んでいきたいと思います
それは、平穏な日々を突如襲った衝撃的な危機、人類の破滅への扉が開きかねない瀬戸際を迎えた瞬間でした。
核戦争の危機
1962年10月
太平洋を隔てたアメリカから、人類を震撼させる大ニュースが世界に流れた。
ケネディ大統領が、22日午後7時、テレビ・ラジオを通じて、ホワイトハウスから全米国民に特別放送を行ったのである。
テレビに映るケネディの顔は、緊張で青ざめているかのようであったが、一言一言、力のこもった声で語っていった。
J.F.ケネディ
ー これまで、アメリカ政府は、キューバ島内でのソ連の軍事力の増強に対して、厳重な監視を続けてきた。その結果、この1週間のうちに攻撃型ミサイル基地がキューバに準備されているという事実が、明白な証拠によって判明した…。
キューバとアメリカは、海を挟んで、約90マイル(約144km)しか離れていない。目と鼻の先の近さである。
ケネディの演説は、そのキューバに、ソ連の攻撃用ミサイルの発射基地が建設されているという衝撃的な内容であった。
ケネディは、このミサイル基地の目的は、西半球、つまり、アメリカをはじめとする西側への核攻撃能力を保有することにあると語った。
そして、そこから発射されるミサイルは、首都ワシントンをはじめ、パナマ運河、メキシコ、アメリカの東南部、中米、カリブ海地域のどの都市をも攻撃することができるだけでなく、今後は、もっと射程距離の長い、中距離弾道ミサイル(IRBM)が配備されることになるだろうと指摘していた。
そこで、このミサイルの使用を防ぎ、撤去させるための当面の措置として、船で運ばれている攻撃的兵器のキューバ搬入を阻止すると発表した。
「海上封鎖」の宣言であった。これによって、いわゆる"キューバ危機"が公然のものとなったのである。
その際、ケネディは、強い口調で、こう語っていった。
「我々は、その勝利の果実すらも口に入れる時は灰にすぎなくなる全世界的な核戦争の危険を、早まって、あるいは不必要に冒すことはしないであろう。しかし、また我々は、核戦争に直面しなければならぬときには、いつでもその危険から身を引くこともしないであろう」
広島、長崎に原爆が投下されてから17年。世界は、米ソの核兵器の"恐怖の均衡"のもとで、東西の「冷戦」状態を維持し、かろうじて偽りの安定を保ってきた。
しかし、今、それが「熱戦」に転じて、全面核戦争につながりかねない事態に至ったのである。世界に緊張が走った。
このケネディの演説があったのは、日本時間の23日午前8時であったが、その20分前、ライシャワー駐日アメリカ大使が、大統領の親書を手渡すため、東京・信濃町の池田勇人首相を訪ねている。
親書は、今回のアメリカの措置に対する事前了解を求めたもので、日本が国連において、アメリカを支持するよう要請していた。
ケネディの演説を受けて、日本のテレビ、ラジオ、新聞も、早速、この重大ニュースを大々的に報道した。
ケネディの発表を聞いたアメリカ国民の間には、核戦争前夜のような緊迫感が高まった。
いや、アメリカのみならず、核戦争の脅威が世界を包んだのである。
アメリカ × ソ連
ところで、この事件の背景には、一つには、いうまでもなく、米ソ両大国の核軍拡競争があった。
米ソ両国は、第二次世界大戦後、熾烈な核軍拡競争を繰り広げてきた。
1945年にアメリカが最初に原爆をつくると、あとを追うように、ソ連も4年後に原爆を保有し、アメリカが52年に水爆実験に成功すれば、ソ連も翌年には水爆を完成させた。
ところが、57年になると、ソ連は大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発し、さらに、世界初の人工衛星スプートニク1号、2号の打ち上げに成功する。
それは、ソ連が、核ミサイルを、直接、アメリカまで飛ばせる技術をもつに至ったことを意味していた。
当初、アメリカが先行してきた核軍拡競争であったが、にわかに、ソ連が軍事的に優位にあることを示したのである。
アメリカの衝撃は大きかった。また、危機感も生じた。
ソ連の方も、ことあるごとに、核ミサイルの威力を宣伝し、誇示した。
するとアメリカは、ソ連の軍事力が宣伝通りのものかどうかを調べるために、U-2型機を使って、ソ連領空へ査察飛行を行った。
そうして起こったのが、米ソの"雪解け"を再び凍結させた。1960年のU-2型機撃墜事件であった。
だが、その後もアメリカは、偵察衛星を使って査察を続けた。
そして、ソ連の宣伝は誇大であり、核ミサイルの実数は予想よりも少なく、実質的な核戦力は、アメリカが優位を保っていると結論したのである。
今度は、ソ連が焦る番であった。再度、アメリカに対する軍事的優位を構築する必要に迫られることになったのである。
これがキューバにミサイルを配備しようと考えた、ソ連側の直接の事情といわれている。
しかし、後に、ソ連のフルシチョフ首相は、アメリカの脅威にさらされているキューバを、強化、支援するためであったと述べている。
ニキータ・フルシチョフ
つまり、ソ連には戦争を仕掛ける意思はなく、むしろ、アメリカの攻撃から、キューバと社会主義陣営の利益を防衛するためであったというのである。
いずれにせよ、仮想敵の幻影に怯え、際限なき泥沼にはまり込んだ米ソの核軍拡競争が、一触即発の"キューバ危機"を招いていったといえよう。
ホセ・マルティ
José Martí
【1853-1895】
フルヘンシオ・バティスタ
つづく
『新・人間革命』第7巻
池田大作
参考文献:
⚫︎『ケネディ大統領演説集』
黒田和雄訳
⚫︎『平和のための戦略』
J.F.ケネディ著、細野軍治・小谷秀二郎訳
⚫︎『ケネディ〈上下〉』
A.M.シュレジンガー著、中屋健一訳
⚫︎『ケネディの道』
T.C.ソレンセン著、大前正臣訳
⚫︎『ロバート・ケネディ13日間 キューバ・ミサイル危機回顧録』
毎日新聞社外信部訳
⚫︎『決定の本質 キューバ・ミサイル危機の分析』
G.T.アリソン著、宮里政玄訳
⚫︎『あの時、世界は…磯村尚徳・戦後史の旅〈Ⅲ〉』
NHK取材班著
⚫︎『NHKスペシャル 社会主義の20世紀 ⑤』
NHK取材班著
⚫︎『人類危機の13日間』
J.サマヴィル著、中野好夫訳
⚫︎『椰子より高く正義をかかげよ ホセ・マルティの思想と生涯』
H.アルメンドロス著、神尾朱美訳、神代修監修
⚫︎『キューバ革命思想の基礎』
J.マルティ著、神代修訳
⚫︎『ドキュメント現代史 11 キューバ革命』
加茂雄三編
⚫︎『フィデル・カストロ』
H.マシューズ著、加茂雄三訳
⚫︎『カストロ』
宮本信生著
⚫︎『人物現代史 12 カストロ』
大森実著
⚫︎『キューバ』
L.ヒューバーマン&P.M.スウィージー著、池上幹徳訳
⚫︎『キューバ』
J.ラモール著、萬代敬三訳
⚫︎『フルシチョフ最後の遺言〈下〉』
佐藤亮一訳
⚫︎『フルシチョフ 封印されていた証言』
シェクター&ルチコフ編、福島正光訳
⚫︎『グロムイコ回想録』
読売新聞社外報部訳
⚫︎『国連事務総長』
入江啓四郎著