【マッカーサーの野心】

国連軍の前線将校は、この事実を充分に知っていたはずであるが、マッカーサー司令部はなぜか報道を差し控え、中国軍の後続部隊が渡江してくるのをじっと待っていたふしがある。

兵士たちに対しては、戦争は既に終わったという印象を与えながら、クリスマスまでにアメリカ兵は帰国できるであろうという楽観さえ噂された。マッカーサーの芝居の手口は、いよいよ手の込んだものになってきた。

1950(昭和25年)11月6日、彼は初めて中国の朝鮮介入を非難し、11日には"6万の中共軍、戦争に参加、いよいよ戦意固し、マッカーサー言明"などという見出しが米『ニューヨーク・タイムズ』に載りはじめた。

19日になると、司令部の発表は「おそらく25万の中国軍兵士が集結を終えており、毛沢東がこの部隊を朝鮮に投入する決意を固めた場合、事態がどう発展するかは大きな脅威だ」とまで拡大した。

国連軍が制空権を完全に掌握し、鴨緑江の鉄橋を空爆により破壊し尽くしている時に、何万という敵兵が短時間に渡江できるものかどうかは、誰でも分かることであろう。

ともかく、こうした誇大な予備宣伝が始まってから旬日を過ぎ ー 11月24日、マッカーサーは陣頭指揮して、アメリカ兵をクリスマスまでに帰国させるという、いわゆる「クリスマス攻勢」なる総攻撃を開始した。対峙していた中国人民志願軍と北朝鮮軍は25日、総反撃に移り、戦闘を展開しはじめた。

マッカーサーの戦争拡大の野心は、和平の機が熟するごとに攻撃に移ったようである。またしても攻撃は、戦争終結のためではなく、和平への動きを断ち切るために行われてしまったといえる。


【奇怪な戦争】

国連の攻撃に対して、総反撃に出た中国人民志願軍と北朝鮮軍の果敢な抵抗は、わずか6日間で終わったようである。ところが、国連軍はさっさと退却をはじめ、早くも12月4日には平壌を放棄した。

北からの追撃はほとんどなく、攻撃も緩慢といってよかった。しかし、この急速な退却をもって、あたかも鴨緑江を渡った雲霞のごとき大軍の中国志願軍に押されて、国連軍は潰走を余儀なくされているような印象を、マッカーサー司令部は発表し続けたのである。

英『デイリー・メール』の特派員は次のように報道した。"後衛作戦にあたっている連隊は、遂に敵に一発も撃つ必要がなかった。中国兵を見た者は一人もいなかった"

また、英『タイムズ』の記者は"中国軍は後衛部隊と接近しようと試みないし、側面から圧力も加えていない。また、中国兵士が退路を遮断しようと努めている証拠もない"と書いている。

実に不思議な退却作戦もあったものだ。この頃から朝鮮戦争の奇怪さは、ますます色濃くなっていった。


【第3次世界大戦の危機】

潰走ともいうべき総崩れの退却に先立って、マッカーサーは11月28日「新しい戦争に直面した」と、中国軍の介入を警告し、これに合わせるようにトルーマンは、30日「朝鮮戦線で原爆使用をも考慮している」と声明した。

この声明は、世界の平和擁護勢力を更に慌てさせた。第3次世界大戦の勃発を意味するからである。12月3日、韓国の李承晩大統領は、アメリカに原爆使用を要請している。

だが事実は、中国志願軍の人海戦術による追撃は一向になく、絶対優勢の敵大軍はまるで蒸発してしまったように接触してこなかった。

ジリジリしたマッカーサー司令部は、28日「敵兵力についての諜報機関の分析」として、真新しい数字を発表した。

総計敵兵力 135万人

これによると、確かに敵兵力は絶対優勢である。まさに「人海戦術」の幻影を、ありありと米国民にいだかせるに充分であった。トルーマンは「国家非常事態宣言」さえ出している。


【焼き尽くされる朝鮮半島】

国連軍は興南から撤退した。韓国政府はソウルから撤退した。明けて1月4日未明、国連軍はソウルを放棄し、仁川からも撤退している。

しかも、撤退に先立ち、国連軍司令部は焦土作戦を実行し、ソウルを計画的に焼き払って破壊している。

遂に米『ニューヨーク・タイムズ』の特派員までが2月21日付けの紙上で次のように書かねばならなかった。

"朝鮮人は共産軍が退却した後には、彼らの家屋と学校が残っているのを見た。これに反し、はるかに破壊力のある兵器で戦う国連軍は、かつての都市をただ黒こげに焼けた地点に化してしまう"

また、制空権を確保し続けた国連空軍の悩みは、爆撃目標がほとんどなくなってしまったことにあったらしい。焦土作戦は、味方の空軍まで悩ますに至っていたようだ。

この空の下でマッカーサーは、人海戦術の幻影を描きながら、撤退作戦を強力に指揮したのである。彼の真意は、いったい何にあったのであろう。彼はいったい何を企んでいたのか。


【驚くべき虚偽】

もう一つ、ここに不思議な報道がある。12月28日付け『ニューヨーク・タイムズ』によれば"捕虜収容所には、12万名以上の北朝鮮軍捕虜と、616名の中国軍捕虜がいる"と発表されている。

国連軍に対抗して雲霞のごとき中国兵が前線で動員されたとする、司令部のそれまでの発表と比べたとき、この中国兵捕虜の数は驚くべきほどの僅少さである。

まして北朝鮮軍捕虜の12万名と比較すれば、あまりに少なく、中国軍の戦場での事実上の動員数は、絶対優勢の大軍と推定することは到底できなくなってくる。

我が国の新聞紙上の発表は、相も変わらず矛盾に満ちたものだった。1月4日のA紙には"共産軍の全兵力は52万名の驚くべき大軍"であることを平然と報道している。

同じ頃、一方では英『デイリー・エクスプレス』は"しかし、これだけは確実にいえる。…前線の戦闘に中共の大軍が加わっている兆候は全然なかった"というのである。

戦況報道の驚くべき虚偽は、かつての日本の大本営発表だけではないようである。

もしも正確な報道がなされていたら、朝鮮戦争の場合もずっと早く和平の時機が来たにちがいない。そして、朝鮮の民衆が蒙らなければならなかった犠牲も、はるかに少なかったにちがいない。

つづく(全4回)


♫イムジン河(1968)※発売中止
フォーククルセダーズ

イムジン河

作詞:朴世永  松山猛

作曲:高 宗漢

イムジン河 水清く滔々と流る
水鳥 自由に 群がり飛びかうよ
我が祖国 南の地 思いは遥か
イムジン河 水清く滔々と流る

北の大地から 南の空へ
飛びゆく鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を
二つに分けてしまったの
誰が祖国を
分けてしまったの

イムジン河 空遠く
虹よ 架かっておくれ
河よ 思いを伝えておくれ
故郷をいつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く滔々と流る