【突然の開戦】
1950年(昭和25年)6月25日、よく晴れた日曜日であった。ラジオは、毎日曜の放送討論会を流していた。
すると突然、放送は中断されてしまった。一瞬、二瞬、耳をそばだてていた人々に「臨時ニュースを申し上げます」と、アナウンサーの声がしたのである。人々は、たちまち5年前の戦時を思いおこして、ドキッとなった。
ニュースは北朝鮮軍の韓国侵入をいきなり報道している。北朝鮮軍は38度線を越えて、韓国に進撃してきたという。
戦争の悪夢を忘れかけた人々は、第3次世界大戦勃発の憂慮に、たちまちその肝を冷やした。冷戦は突如、熱戦への端緒を開いたのである。
とにかく、最初から何がなんだか分からなかった戦争が、朝鮮戦争であった。大義名分らしいものもなく、戦争目的も漠然としたものであった。
狭い朝鮮半島に両陣営ともに大軍を投入し、南北にわたって数回押しては押し返され、また押すといった有様で、3年1か月にわたる残虐戦となった。
こうして朝鮮戦争は、痛ましい同胞相互の大量殺戮の姿と、全半島に悲惨な荒廃のみを残して、その戦いを終えた。
そしてまた、元の38度線に対峙し、「勝利なき休戦」のまま今日に至っている。まさに、東西両陣営の犠牲国といってよい。
【作られた境界線】
38度線という人工的な国境は、朝鮮の民衆が決めたものではない。これこそ、第2次大戦中、連合国軍のあいだで協議されていたものと考えられる。
この協議に、朝鮮の国民は、誰一人参加もしていなかったし、夢にだに思わなかったことである。
大戦末期、日本に宣戦布告したソ連軍は、1945年(昭和20年)8月、朝鮮に侵入し、急速に南下してきたが、38度線まで来ると、ぴたりと停止した。
9月、アメリカ軍も沖縄から釜山へ上陸すると、たちまち北上し、これまた38度線でぴたりと停止している。
そして、それぞれ日本軍の武装解除にあたったが、これこそは米ソ両国による朝鮮占領の開始であった。朝鮮は日本の被害国ではあっても、けっして敗戦国ではなかった。
【大国の傲慢】
9月2日、連合国最高司令官ダグラス・マッカーサーは朝鮮の分割占領を発表し、軍政の施行を発令している。
12月になると、モスクワで米・英・ソの3国外相会議が開かれ、朝鮮に民主的な統一政府の樹立と、むこう5年間、中国を加えた4カ国による信託統治とすることに決定をみた。
しかし、統一政府の樹立に、米ソ共同委員会の意見対立が禍いして、その決定は簡単に流されてしまった。
時はいたずらに経過し、南北はそれぞれ1948年(昭和23年)8月15日に大韓民国と、同年9月9日に朝鮮民主主義人民共和国の樹立を宣言したのである。
ここに、統一国家樹立への朝鮮民衆の悲願は、冷戦のなかで踏みにじられてしまった。大国同士は、その傲慢さの故に、弱小民族を犠牲にして、相争っていたのである。
過去数世紀のあいだ、朝鮮半島は戦略上の重要な十字路とされて、中国、ロシア、日本に、絶えず侵略されてきた。
そして、今またアメリカとソ連が、同じく全半島を手に入れようと狙っていたといわざるをえない。結局、熟柿は二分されて両国の手に落ちたのである。
【朝鮮戦争開戦】
1950年(昭和25年)6月26日、開戦を待っていたように、トルーマン米大統領は、ただちに韓国を援助する旨、声明を発し、同時に国連安保理事会の招集を要請している。
ソ連代表の欠席のまま、28日に開催された理事会は、アメリカの提案に従って、北朝鮮を侵略国とし、武力で制裁することを可決した。
まさに電光石火の早業である。この決定に従って、朝鮮に出動していたアメリカ軍は、早くも「国連軍」の名称を獲得し、国連加盟国による軍隊派遣の措置もとられた。
北朝鮮軍の進撃も、また電光石火であった。早くも28日には、ソウルに入っている。アメリカの空軍・海軍は、これに対する行動を開始し、北朝鮮への爆撃と艦砲射撃を始めた。
【マッカーサー再臨】
7月に入ると、米軍の先遣部隊も最前線に到着したが、韓国軍は敗走し、米軍もまた追われて洛東江の一角に集結し、北朝鮮軍に完全に包囲されてしまった。
この間、国連安保理事会はマッカーサーを国連軍最高司令官に任命し、韓国軍もその指揮下に入った。朝鮮に巻き起こった疾風は、世界に暗雲を呼んだのである。
北朝鮮軍は意外に強かった。アメリカは国連旗をかざし、躍起となって国際正義を訴え、国連加盟国に地上部隊の急派を要請した。
だが、ソウルから大邱へ移っていった韓国政府は、また釜山で移動せざるをえなくなった。こうして朝鮮戦争の第1段階は、9月15日の米軍の仁川上陸で、第2段階へ移るのである。
以後、半島の南北にわたる全域を、両軍は数回進撃し、また後退するといった、凄まじい戦争となった。朝鮮の民衆は、まるで致命的な往復ビンタを数回受けるような、残酷な目にあってしまったのである。
つづく(全4回)
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