ときめきます(その5)―いつか、きっと。 | 養腸家・腸セラピスト 真野わかのココハナ(ここだけの話)

ときめきます(その5)―いつか、きっと。

先月参加しました chiakiちゃん 主催のらせん美お茶会。

主催の chiakiちゃん が、

 

左の奥で菩薩のように微笑んでいるのがchiakiちゃん

 

 

「ある日、(身体に負担がかかる姿勢になったとき)

その姿勢が 氣持ちわるい って思えたの」

 

 

的なことをおっしゃいました。

 

 

心地いい状態が記憶され(というか思い出され)た身体は

その状態でいることを望むのでしょう。

 

 

心地よくない、と身体が感じると、

いい状態に戻ろうとするのでしょう。

 ↑

これがらせん美のなせる業なのだと思われます。

 

 

あ、腸もおんなじです。

いい状態を腸が覚えると、じぶんにとって

不要なものは入れたくなくなります。

 

 

同時に、じぶん(の腸)に必要なものが食べたくなります。

しかも、必要な量だけ、ね(^_-)

 

 

らせん美に話を戻します。

わたくしは、まだchiakiちゃんの域には達しておりません。

 

 

なんとなく、ではありますが

「今の姿勢は本来あるべき姿とちがうような・・・」

というボンヤリした感覚がちょっと芽生えたかしら?くらいです。

 

 

この感じ方も人それぞれな氣がしております。

chiakiちゃんと同じ感覚がやってくる保証はないからです。

なくても、なんら不安はありません。

 

 

続けていくうちに、いつか、きっと

身体に負担がかかる姿勢を取ったとき

「あ、氣持ちわるい、修正しよっと」の

感覚が明確になるのでしょう^^

 

 

そうなんです。

 

 

らせん美 を学び始めて、そろそろ半年。

何かが起きようと起きまいと

どっちでもだいじょうぶ な感覚が

以前より出てきております。

 

 

らせん美を始める以前だったら、

 

「わたくしにchiakiちゃんのような感覚が訪れなかったら

わたくしが劣等生ってことなのかしら?

じぶんだけがおかしいのかしら?」

 

って思ってたことでしょう。

(基本ネガティブなので・笑)

 

 

今はそういう感覚に陥りづらくなっています。

この精神面の安定は、とても心地よいものです。

 

 

後ろ重心だってまだ未熟ではあるものの

常に意識し続けることで、グランディングが

しやすくなっているんだと想像します。

 

 

心地よい身体だけでなく

心地よい心も醸成できる。

 

 

身と心は二つにあらず、

そもそも分けることができず、ですものね。

ふわっふわになるのは、身体だけではないようです。