いろいろお勉強している方、いいですね。

 

 

まさに、お勉強熱心。

 

 

ただ・・・思うに、ここに“落とし穴”が

あるケースがございます。

 

 

 お勉強して、(そのあと)どうするの?

 

 

お勉強したことを役立てたいお氣持ちの方は

すてきなお勉強熱心な方。

お勉強して、わかった ことが 役立てられて できる に変換できる方。

 

わかる ≒ できる です^^

 

 

お勉強していることが楽しい(だけ)の方は

自己満足系のお勉強熱心。

 

 

勉強しつづけているじぶんがすき、みたいな。

勉強しつづけていると、やった氣になる、みたいな。

勉強しつづけていると、ほかのことしなくていい、みたいな。

勉強しつづけていると、わかった氣になる、みたいな。

 

わかる けど わかっただけ。 

 

 

すてきなお勉強 or 自己満足勉強、

どっちでもいいっちゃぁいいんですが、

せっかくお勉強するのです。

 

じぶんだけでなく、じぶん以外の方の

お役にも立ったら、なおすてき。

 

 

お勉強してどうするの?

お勉強したままで終わらせるの?

 

 

せっかくお勉強(≒インプット)するのですよ。

役立て(≒アウトプットし)てナンボやないですか。

 

 

需要と供給、陰と陽ではありませんが、

インプットとアウトプット、どっちも大事だと思うのです。

 

 

インプットだけだとパンパンになるし、

アウトプットばかりだとスカスカになっちゃう。

 

 

それとね、ほんとうの学びって、

お勉強しているときじゃなっくて、

お勉強してからだと思うのですよ、

教わってからが、学びのはじまりなんじゃないかしら。

 

 

師とか先生とか呼ばれる方に「教えてクダサイ」って

言っている限り、じぶんからなにかをしようとしてないから

実はあんまり身についてなかったりします。
 
 
 

じぶんの足で立って、やってみて、トライ&エラーして、

それで行き詰ったとき、悩んだとき、迷ったときに

師とか先生に頼るのはアリ。

 

 

なんでもかんでも

「教えてクダサ~イ♪」

っちゅう考えや行動はアメリカのお菓子以上に

 

 

 甘い

 

 

のです。

 

仮にね、ぜんぶまるごと教えてもらえる環境で

お勉強しているか方から

 
「お勉強してます!」と半ばじまんげに言われたら
 
 
「そんなんお勉強でもなんでもないわーーーーい。

 ただの自己満足じゃーーーーい。

 『趣味、お勉強デス、ウフ( *´艸`)』

 みたいなもんじゃーーーーいっ」

 

 

ってココロの中で叫びつつ、脳内妄想上

どついてるだろうな、わたくしの場合。

 

 

 ほんまのお勉強は、

 ごっつぅ厳しいんじゃいっ!

 修行なんじゃぁぁぁぁあ!!

 ※一体だれ?

 

 

あ。厳しいからといって、楽しくないわけではありませんよ。

楽しくとも厳しい、しんどい、みたいなところがあるってことです。

だからこそ、学んだことって身になるんじゃないかしら。

 

 

わたくしがお伝えしている講座も一緒です。

学んだあと、生かしてナンボ。

生かして(≒役立てて)、そこではじめて

「学んだ」って言えるんじゃないかなーって。
 
 
認定証があったからって、学んだとは言えないです。
※言ってもいいんだけど
※認定証発行している人間のセリフとしてどうなのって思いますが
 
 
本当に学んだかどうかは紙切れ1枚で語れる話じゃないから。
 
要はね、 わかる を できる にできるかは、じぶん次第です。
学んだ証拠とか紙きれで判断できないってこと。
 
 
相変わらず書くことが、きびしーmanoでございます<(_ _)>
 
 
 
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