なんと書き出したものか。
昨晩見た夢のせいでどうにも気力が湧かず、
やるべきことに手を付けられない。
気持ちの整理をするためにも、こうして文章に書きだすことでそのうち作業するための勢いがつくかもしれないと思ってこうして画面と向き合っている。
前述のとおり夢見の悪さに魘されて、昨晩は2度程目が覚めた。
合計3本の夢を見たわけだけれど、内2本は忘れた。
3本中2本が悪夢で、残る1本は取り留めもない内容だったように思う。
たかだか夢の話ではないか、と思われるかもしれないが個人的に案外夢は侮れないと思っている。記憶の整理だけではなくて、夢は自分ですら無意識に蓋をしてしまっている本当の気持ちを映すことがあるからだ。
平気だと思っていた事、我慢してきたこと、ショックだったけど笑って流したこと。
きちんと箱に詰め込んで、溢れないように蓋をして隠しても、中身が空になるわけじゃない。放っておけば詰め込みすぎて、何かの拍子に勢いよく飛び出してしまう。
一度蓋が開いてしまえば次々に溢れ出すそれらに始末をつけるのはとても大変で、長い長い時間が必要になることもある。その間「元気な自分」は無期限休業を余儀なくされるので、出来ることなら溢れる前に少しずつ気持ちを整理する機会を設けなくてはいけない。
夢というのは、そんな心の箱の詰まり具合が今どれ程のものかを確かめる目安の一つだと思っている。
とはいえ、ホルモンバランスの変化によって悪夢を見やすくなったりするので一概にそうとは言えないけれど。
今回は、友人に見限られる夢だった。
ただでさえストレスが多いこの世の中で、出来れば不安定な人間とは関わらない方がよいと思うし、その結果縁を切られてしまったとしても致し方ない事だと納得していた。正直私自身、繋がる事を半ば諦めている節がある。合わせる顔がないというか、なんというか。
それでもこうして今更になって夢という形で顔を出してはざらついた気持ちにさせられるのだからつくづく自分は厄介な人間だと思ってしまう。
心の負荷が減れば睡眠の質も少しは上がると思ったし、何かしらのスキルを身に着ければ自分に自信がついてさらに負荷が減ると思っていた。
だからこそ職業訓練も受講したし、今も就職に向けてせっせと準備をしている最中だというのに、睡眠の質は上がらず、不安は募り、結果集中できず気力が湧かない。
見切りをつけたはずのあれやこれやがふとした瞬間にちらついてはじりじりと焦らせて不安を駆り立てる。
このまま永遠に現状から脱することはできないのかもしれない。
せめてこの場所から離れることができれば悪夢の種類が一つ減るのに。
この不安がまた悪夢を生むのだろうな。
仕方がない。本当に仕方がない。
もう一度だけのつもりでコツコツやるしかないなと思う。
次に折れたらどうなるかわからない。
何も片づけないまま全てを放り出すかもしれない。
でもいつでも降りることができると思えばなんとなくもう少しやってみても良いかなと思えるから、まだこのまま歩いてみようかと思う。
いつか私の人生の幕が下りる時、どんな景色が見えるのだろう。
ほんの少しでも温もりを感じられるだろうか。
せめて凍えず済むように、毛布を編んでおこうと思う。
まずはようやく見つけた繭から糸を紡がなくては。
なんて、クサい事を言ってみたり。
