前原さん、亡くなったんだ。
麻雀プロ・前原雄大さん死去 68歳 「Mリーグ」でも活躍 鳳凰位通算4期(クランクイン!) - Yahoo!ニュース
私が20代後半だったから、今からおよそ30年前の一時期、前原さんの知己を得て多少ながらの付き合いを持ったことがあった。
そんな中、なにかのタイミングで当時流行っていた点ピン東風戦をやっている歌舞伎町の雀荘に一緒に行ったのだが、その時に前原さんが「俺(“僕”だったかな?)と同卓になるのは嫌でしょ?」とおっしゃったことを記憶している。
その心は「麻雀プロの俺とやったらきっと君が負けるし、俺としても知り合いの若い子からカネは取りたくないから、別卓で打とうよ」ということ。
点ピン東風戦は、私の当時の感覚だと4号機パチスロ(7枚交換)ぐらいのギャンブルで、サラリーマンでも遊べるし等価ほどキツくはないけれど、負けが込めばしっかり痛い。
逆に前原さんは、おそらくもっと高レートの場が本筋で、点ピンなどはほんのお遊びか肩慣らしぐらいの気持ちだったろう。
プロ雀士としても、全盛の頃だったんじゃないかな。
そんな前原さんと私が打てば、いくら運要素の強い東風戦で、なおかつ前原さんが遊び半分だったとしても高確率で私が負ける。
そのくらいの自覚はあったので、前原さんの提案を当然のごとく受け入れると同時に、「気配りのできる優しい人だな」なんて感じたものだった。
その頃の麻雀プロは、大なり小なり裏社会とのつながりがあったんじゃないかな?
だけど前原さんの態度は、強面の見た目とはうらはらに、常に紳士的だったし、話をしていても嫌な思いをした覚えはない。
本性まで知るほどの付き合いではなかったが、少なくとも私と会っている時は、前原さんの態度が丁寧すぎてこちらが恐縮するのが常だった。
その頃から麻雀の普及&メジャー化に熱心に取り組んでいて、たとえば新たな麻雀専門誌を立ち上げようとしたり、現在も女流のトップで活躍している清水香織プロを麻雀の腕前でも、タレントとしてもどうにか一流に育てようとかいがいしく面倒を見ていたように記憶している。
ようやくMリーグというメジャーの舞台ができた時、パソコン画面上で久々に見かけた前原さんはすっかり年老いていて、しゃべりもフガフガ。
本人としては、ずっと思い焦がれていた麻雀のヒノキ舞台で思うように活躍できないことへの忸怩たる思いもあっただろうが、しかし、それでもしっかりプロとしての高い気位は保ち続けている印象で、前原さんの立ち居振る舞いを見ていると、麻雀に勝っている時も負けている時も、なにやらふんわりとした感動のようなものを覚えたものだった。
※競輪でも感動を味わいたい。