ある人が以前「最近は日本に最古の文明があったなんていう人間がいるが、漢字が入ってくるまで文字がなかったのに文明なんてあるわけないだろ」なんて言っていた。

 

 これに対しては「神代文字があるだろう」と言いたいところだったが、現状では学術的に認められているわけではないので、「文字はあった」と言い張るためには専門的な調査結果が出るのを待つか、あるいは自分自身でそれなりの研究を行う必要がある。

 

 それでその時は「あーそうですか」と聞き流しておいたのだが、とはいえ、魏志倭人伝の記述をみれば、その当時に文字があったことは推察できる。

 確信できると言ってもいい。

 同書では「倭人は入れ墨をしていて、それが身分を表している」「骨を焼いて占いをする」とされている。

 つまり入れ墨の模様や、骨のひび割れという記号にしっかりと意味を持たせていたということだ。

 意味のある記号となればそれは文字と同義である。

 日本国内での記録としては残っていないかもしれないが(あるいは発見されていないorあっても文字と認められていない)、文字が無かったというほうが理屈に合わない。

 

 その後の随書倭国伝で「無文字」と記されているが、その直後には「唯刻木結縄」とも書かれていて、これは単に「隋の国と同じような文字はないが、木に刻み込んだり、縄の結び目によって文字としている」ということだろう。

 一般には木に刻んだりした文字を使っているが、それとは別に神代文字が神官や支配階級など一部のなかで伝承されていたということも考えられる。

 そもそも隋に国書を送ったりもしているのだから、隋書の「無文字」の記述だけを以て「600年代まで文字がなかった」というのは、そちらのほうが乱暴な話だ。