私にとっての「人生最高の高座」は30年かもうちょっと前。

 場所はどこだったかなあ。四ツ谷とかそのあたりの50人も入ればいっぱいになるような小さな席で観た三遊亭小遊三の「大工調べ」。落語ですね。

 演者との距離の近さもあってのことだろうが、おもしろいのはもちろんのこと言い立ての迫力が圧巻で、終わってからしばらくはぼんやりと「小遊三師匠に弟子入りしようかな」なんて思っていた。

 芸人(噺家)になりたいなんて思ったのは後にも先にもこれっきり。

 まあ結局踏ん切りがつかず普通(でもないのだが)に就職はしたのだが、そのぐらい素晴らしい高座だった。

 

 

 で、今回の敗者復活の金属バットですよ。

 これがかつての小遊三師匠に感じたぐらい、心震える素晴らしいものだった。

 

 あくまでもテレビで見ての感想にはなるが、キュウから始まった敗者復活の客席はなんとなく重たい空気が続いていて、ダイタクあたりも部分部分ではウケていながらすぐに静かになってしまう。お客さんは復活の本命視をされていた4番手の見取り図待ちだったのかなと思いきやこれも空回り気味になっていた。

 ハライチも最初は良かったが岩井が黙って澤部の一人芝居になるとどうしても笑いは単発で終わってしまう。

 続くマユリカ、ヨネダ2000もそこそこウケてはいたが客席の熱は上がり切らない。

 

 さらにアルコ&ピースが完全に冷やし切って、これの割りをくったのはカベポスター。

 お客さんがじっくり最後まで聞く体勢であれば絶対におもしろいネタなのだが、始まり方が静かだったものだから早々に「つまらん」と見切られてしまったように感じられた。

 

 勝ち上がり有力視されていたニューヨークもネタ選びがどうだったのか。稲垣吾郎の名前が出た瞬間は盛り上がったものの進むにつれてお客さんの熱量が下がっていく。わざわざ寒い中に足を運ぶような人はきっと知ってるネタだろうしなあ。

 

 そんな空気を温めたのが男性ブランコで、私としては「ようやく敗者復活戦が始まった」と感じたぐらい。

 次の東京ホテイソンも「ファーストテイク」の掴みはバッチリ決まってほどほどにウケてはいたが、長い敗者復活戦だけに後半になるとお客さんにしても多少とはいえ頭を使わされるのがキツイのか、たぶん彼らが想定していたほどにはウケていなかったのだろう。たけるの顔がどこか強張っているようにも見えた。

 

 そんななかで登場したのが金属バット。

 男性ブランコのおかげでお客さんの笑う体勢は整ってきたものの、長時間観覧してきた疲れや寒さもあって完全には盛り上がり切っていないところに出てきて最初の掴み。

 これがバッチリはまるとそのまま会場の空気を自分たちのものにしていった。

 オチ間際「(イラクの)右上はトルクメニスタン」なんていうちょっとしたくすぐりでもお客さんが爆笑していたのだから、これはもう完全に「金属の場」になっていた。

 漫才自体がおもしろいのはもちろんのこと、話が進むにつれてお客さんがどんどんヒートアップしていく様は感動的ですらあり、2人が神々しくさえ見えたものだった。

 最後の最後、おなかを出しての「ポン」は、まるでベテラン名人のような風格も感じられた。

 

 これまで推してきた金属バットが満場の喝采を受けるという結末に、ネタ直後は「この光景が見られたのだからもう決勝云々は関係ない」とまで思ったものだった。

 それぐらいにすばらしい舞台だった。

 

 からし蓮根は金属の爆発に巻き込まれた感じ。

 トリのさや香は最初からあのネタをやるつもりだったんだろうか。もしも「会場の冷え具合」を考慮してあれに変更したならお気の毒。金属が温め切った後、一拍おいたタイミングだっただけに「これで最後」という安心感も手伝って普通のネタをやればちゃんとウケていただろう。

 

 その後の決勝は、金属が上がれなかったことを残念に思う気持ちはもちろんあったが、それ以上に勝ち上がったハライチのていたらくが不快なほどに口惜しくて、結局気乗りしないまま終わってしまった。

 

 

 そうして一夜明けると金属のすばらしさばかりが頭に残っていて、敗者復活の動画はもう何回見ているんだろうか。

 テレビではちゃんと聞き取れていなかった最後の「親の教育で」のくすぐりなど新しい発見もあったりして、何度見ても飽きることがない。

 

 掴みの「思想強っ!」の後、友保は会場を見渡しお客さんの反応を探っていたようで、もしあれがウケなかった時の金属も今となっては見てみたいかも。

 きっと別のやり方も用意していたのではないかと思っているのだが。

 最後の「投票お願いします」のくだりだって、客がウケていなかったらさすがに寒すぎるからきっと別のことをやっていたんだろうし。

 

 ネタの最初のうちは「ダッシュでわけのわからんもんが~」というたぶんひとウケ欲しかったであろうくだりがスルーされたりして危うい感じもあったが、緩急織り交ぜてペースをつくっていったのは、やはり常日頃から劇場に立っているからこその技術力のたまものだろう。

 

 他の出演者は「ネタの発表会」だったが、金属だけはしっかり寄席演芸の延長として演じていたようにも思う。

 世間的には「ハライチに負けた2位のコンビ」であり、記録としてもそのように残るわけだが、それでもあの奇跡的な舞台はぜひとも広く知れ渡って欲しいなあと切に願う。