フランスの「シャルリー・エブド」本社銃撃事件の件、なんとなくの印象だけど、日本だとあまり「反テロリズム」なる抗議活動への共感が高まっていないような気がするんだけど、どうなの?
 
 私の偏見なのかなあ。
 
 私が、銃撃された側をいまいち擁護する気になれない理由は、風刺画として紹介されるものがことごとく面白くないから。
 なんか下品なんだもの。
 
 昨年暮れの、アメリカの北朝鮮映画と同じニオイがする。
 それもこれも表現の自由だなんて、言いたくないんだなあ。
 
 
 あと今回の件で思ったのだけど、「表現の自由」なるものは、反発も合わせてのひとつがいなんじゃないかなあ。
 
 反発もないようなことならただのひとりごとなわけで、それに対して反発を受けたところでようやく「表現の自由」なるものが完成する。
 
 銃撃で仲間を殺されたことでようやく「自由」とは何かを考える機会を得られて、次段階の表現へと進化できるんじゃないかなあ、と。
 
 なんか書いてて自分でもよく分からないんだけど、まあそのうち、もっと考えがまとまれば追記してみる。