安倍総理の靖国参拝はじつに堂々たるもので、私としてはなんら文句のつけようがない。
「内閣総理大臣 安倍晋三」と署名したことからも明らかな公的参拝であり、日本国民を代表する形で英霊に祈りを捧げたことを、同じく日本人として嬉しく思う。
 
 比べて、これまでが酷すぎた。
 何が私的参拝だ。
 中韓及びそこで商売する日本企業とは問題を起こしたくないけど、遺族会の票は欲しいから、形ばかりの参拝をしてみせたという姿勢があからさまで、そんなごまかしが利くと思うこと自体が、英霊とその遺族はもとより日本国民や中韓両国もバカにした行為だったのだ。
 
 小泉なんて、わざわざ自分の上着のポケットから賽銭を投げ入れるまでして、本当に最低だった。
 
 そんなふうに総理がまるで「悪いこと」をするかのようなふるまいをしてきたから、外国からもそんな目で見られるようになってしまったのだ。
 
 いわゆるA級戦犯も含む靖国の英霊を参拝することの正当性については、これまでにも書いてきたことなので割愛するが、今後も安倍総理のように堂々と続けていけば、そのうちに批判も無くなっていくだろう。
 
 そもそも、A級戦犯とされた戦争指導者を慰霊することを「悪」と見る感覚は日本人には無いものなのだ。
 たとえ敵であっても死んだら手厚く葬るというのが日本人の心性であって、ならば、結果的には誤った振るまいとなってしまったかもしれないが「日本のため」に働いた人々なのだから、国家として慰霊することもまた当然のことなのである。
 
 そういった文化の国なのだからそうする。
 これを当然のことと自ら主張することが先決であり「日本と友好を求めるという国ならば、そんな日本の伝統文化は認めてもらわなければ付き合えませんよ」、と。
 今後はそのくらいの気概を見せていくべきだろう。
 
 「中韓への配慮を」などというが、戦後日本は、そもそも配慮する主体としての自我がなかった。
 自我も無いまま相手への配慮ばかりをするというのは、それを「隷属」という。
 朝日新聞など左派メディアの主張は、中韓やアメリカに隷属しろというのと同義なのだ。
 
 だから今の日本にとって必要なのは、括弧たる国家のアイデンティティーを築き上げることであり、その意味でも安倍総理の参拝と、そこにおける態度は、日本の将来にとっても意義深いものだったと考える。