「演芸番組」を意識して視るようになったのは『花王名人劇場』だったように記憶している。

 日曜の夜、実家の夕飯は夕方6時頃と今にして思えばかなり早かったのだが、その後には東海テレビ(フジ系列)で『サザエさん』→『マジンガーZシリーズ』→『世界名作劇場』とアニメ三昧。

 UFOロボ・グレンダイザー以降の19時~19時30分の記憶は曖昧なのだが、とにかく日曜には父親が接待ゴルフなどで外出していることも多かったので、テレビにかじりつきになることができた。

 

 『家族対抗歌合戦』が始まると、母や祖母がそれを視る傍らで、私は風呂や歯磨きなど身支度を整え、その後、就寝までの暇に『花王名人劇場』を視るようになったんじゃなかったかなぁ。

 

 ともかく、この番組で落語の桂枝雀や立川談志、漫才のやすきよ、阪神巨人など演芸に慣れ親しむようになり、そうして『THE MANZAI』が始まるわけだが、その前に、私の笑いに対する感覚というか知性そのものが激しく揺さぶられる体験をすることになる。

 

 小学5年だったか6年だったか、教室の片隅に置かれた学級文庫の中に筒井康隆の『農協月へ行く』があり、それを読んだことが、今にして思えば人生の方向性をかなり違えることになった。

 

 あんなもん、小学生に読ませちゃいかんよ。

 

 筒井作品で繰り広げられるエログロといったらもうねぇ。

 もちろん日常生活で遭遇することはないし、少年漫画のトイレット博士やダメおやじ、ハレンチ学園などを遥かに超えたものだった。

 

 絵などであれば、目を背けて避けることもできるが、活字は頭の中で像を結び、残り続ける。そもそも読まなければいいじゃないかといっても、同じSFショートショートの星新一などよりも格段におもしろいんだから読まずにもいられない。

 

 筒井の毒とエスプリにすっかり脳を焼かれたことが、現在に至るまでの私の人格、性格をつくりあげる基礎になったのではなかったか。

 

 そうしてすっかり焼け野原になった脳みそに入ってきたのがいわゆるマンザイブーム、というよりもビートたけしだった。

 

 なお書籍に関しては、椎名誠のエッセイにもハマった(このころに『もだえ苦しむ活字中毒者地獄の味噌蔵』をわざわざ書店で取り寄せて読んだ学生なんてほとんどいないんじゃないか?)。

 当時はプロレスも大好きだったので、村松友視の『私、プロレスの味方です』のシリーズを読み漁る中、同じ情報センター出版局の棚に並んでいた『さらば国分寺書店のオババ』(『かつをぶしの時代なのだ』など他のエッセイ集だったかもしれない)をジャケ買いしたのが最初だった。

 小説やエッセイなど活字で笑えるものというのがほとんどない中で、まだ社会を知らない身に椎名誠のエッセイはかなり興味深く面白く感じられた。

 椎名の何かのエッセイで、椎名が「現代の太宰治」的なことを言われてたいそう喜ぶ一節があったが、たしかに太宰の小説『人間失格』や『富嶽百景』、なんなら『走れメロス』などにしても本人はギャグ小説のつもりで書き、実際発表当時はそのように受け取られていたんではないかなあ。そんな風に読んでしまう私の感覚がズレているのか?

 

 大学からは阿佐田哲也=色川武大に熱中し、ここから麻雀と競輪などギャンブルのおもしろさにどっぷりハマっていくことになる。

 

 冷静に見ればダメ人間一直線、今の自分になるべくしてなったとしか言えない道程だ。

 

 

※阿佐田先生、どうか私に的中を!