前回の記事で、なぜサンガイアがゴミ拾いという活動になったのか、
というのも熱出して寝込んでいる時、過去のあることを思い出した。
ここで以前触れたかもしれないけど、
小学3年の頃、両親が離婚して母親側についていき当時神戸に住んでいたところから
もっと西の地方に転校した。
神戸の方は当時新しくできた住宅街で上品な人が多かったわけだけど、
正直転校先は柄が悪かった。
モノや施設は乱暴に扱うし
この時勢に暴走族が強いようなとこで、
僕には耐えられないところでしたが
最初に両親たちの名誉のために断っておくと、
その土地は新しい親父の地元で祖父母もそこに住んでいて、
上記のような土地でも我関せずなとても穏やかな人たちに恵まれたので家庭内は平和でした。
で、
転校先の学校の話の続き。
その土地は暴走族が強く、活動構成員はだいたい中学生から高校生
(以後は就職しちゃうパターン)で、
そういうのが無免で乗り回したりしているんです。
もっと昔の不良だと実際にバットとかで教師を殴打する事件があったのでしょうが
幸いそういうのはありませんでした、仮にも平成の世ですし(;´∀`)
ま、休みの日に学校内のガラスが割られまくったり、
消化器を構内で何本も使って
教室も廊下もほとんど使い物にならなくして
学校が臨時休講になったりと、
そんなステキな出来事がまああるところでした。
で、転校した時の教師にいかにも教育者ですって感じの人がいて
「あ、この人なら信じてもいいかも」
と思える人だったので、
その教師の言うことはなるだけ素直にきき、
模範的な生徒であろうと思った。
その土地は上で書いていたようなところだったのでゴミとかポイ捨てが当たり前だし
(今ではかなりそういう活動に力を入れたせいか綺麗にはなってきた)
注意する大人もいないし大人も・・・というカオスなところ。
その教師の話、
転校した当初はいい教師にしか見えなかったそいつなんだがそれから後がひどかった。
あんまり町が汚いんで時折ゴミ拾って捨てたりしてたんですよね
で、教室ごとに新聞を書かせようという係りがあり、
学校のこともろくにまだ知らない自分が書く事になってしまい。
じゃあこの事を書いてやれ、と記事にして書いた。
「ゴミのポイ捨てやめようよ」と。
その教師が本性を現したのはその後だった。
記事を書いたときはそのまま「いいことだ」と通したくせに
それを貼り出してからの態度がまあすごかった。
今まで当たり前だったことをおかしいと行動した自分こそが、
ずっと住み続けていた彼らからすれば異物でしかなかったんだよね。
ほどなくして僕は不良に狙われることになった。
素養があるといったのは冒頭で述べた暴走族の弟たちだったりするので既にそうだったかも。
当時の自分は原因がまさがその新聞のこととは思わなかったのでその教師に報告、
ほどなくしてその生徒と自分が別々に呼ばれることになった。
結果は僕のほうが悪いらしいです。
後で学級会にも議題になったのだが
まあ・・・・・・僕の公開処刑でしたよあれは。
おかしいなあ?教師にもいいことだと褒められたのにね。
学級会ではいくら話しても聞き入れては貰えなくて、
「そんなに言うならお前が全部きれいにしろ」
と、
まあほぼ逆ギレですよな、
強制したわけでもなく
「捨てなきゃ汚れないし気をつけようぜ」、
って程度のことしか書いてないのに。
公開処刑の後、教師に抗議したよ一応、帰ってきた答えが
「くぁwせdrftgyふじこlp」
マジでこんな感じだった、今なら爆笑だけど(゜д゜)ポカーンだよね
人間の言葉に翻訳すると、
「お前が目立つことをしたせいで自分が巻き込まれたらどうする」
「お前が引っ込めば全て丸く収まるんだ」
と。
味方のふりしておいて後ろから売ってくるタイプの人間だったわけです、そいつは。
自分を付け狙った北不良の兄貴たちがその冒頭の暴走族でビビってたってのが事の真相。
以後その教師は信用せずに(ほかのも似たり寄ったりだったが)
後の学校生活を送った。
ゴミ拾いを自分は20年くらい前からやってたんだなあと(ブランクは相当あるけど)
人間不信の原因になった事件でもあるので記憶の中に押し込めていたようで、
今回の風邪は得られるものがありました。
なんで僕はこんな大切なことを忘れていたのか
本当そのまま今のサンガイアの活動そのものなんだよね。
強制はせず、ただ善意のみの活動、
誰もが良いことだと思ってるけどできない
それをやるのがヒーローってやつだと僕は思います。