コンフォートゾーンという言葉が巷に流行っているらしいです。
「Comfort Zone」と書き、直訳すると「快適な領域」という意味になるのだとか。
日本語で訳すと「ぬるま湯」と解釈する人もいるそうです。
この言葉の意味は、自分が楽でいられる範囲のことで快適な領域のことを意味するらしいです。
でもそれって、間違えた行動では無いと思うんです。誰しも楽で、快適な場所にいたいのが本音だもの。
問題は、そこから出る行為。
いつもとは違う行動を少し変える─。
これが思ったよりも大変な行動なんですよね。要は「出る杭」になるわけですから。
例えて言うならば、私は全身疼痛があります。本当ならば寝ていたい。けど寝すぎてもダルくなる。そこですごく簡単なストレッチ(腕を伸ばす・指をグーパーしてみる・体を軽くねじってみる)などを1時間に1回ぐらい取り入れてみたんです(正確に言うと、かけているCDの最後の曲でやってみているのだが)これが結構いい感じに心地よい。これは身体的なコンフォートゾーン。
心理的なコンフォートゾーンだけど、
昨日、体調が悪くて都内の病院へ犬さんだけが言ってくれました。本当に感謝。
けど、犬さんがいないと自分の思考の軌道修正が出来なくて、悪い方向へ考えてはそのループに陥ってしまんです。犬さんへの依存は今に始まった事では無いので、この犬さんに甘えているというコンフォートゾーンは、闘病に必要不可欠なので、今回はヨシとして、他の事で悪い方向へ志向が陥りそうだったんですね。
ネットゲームで約束していたリア友が、色々と約束を破る。
これ、文字にしちゃうと単純すぎるんだけど、実際その場になると深く考えちゃうものなのですよね。コチラとしては「約束してたのに」と思っているけどアチラとしては「約束は果たした」なんて思っているかもしれない。これも互いにコンフォートゾーンのヒトツなのかなと。
なので昨日はすごく考えて考えを改めました。
相手も都合があるのかもしれない。自分にも都合があるのだから押し付けない。と。
そうしたらすごく気分が晴れて、ぐちゃぐちゃと考えていた事すらおかしくなって(笑える方ね)きたんです。
もうひとつが、連絡が来ない
ここの所、迷惑メールが多くなってしまったのでメアドを変更したのですが、変更を「了解です」と簡単に返してくれる人や「体調どう?」と聞いてくれる人様々で。
その中で男友達なんだけど、毎回律儀に返事をくれる人からは音沙汰がありませんでした。
無理もないです。体調を理由に、お誘いを断っていたのは自分なのだから。そこで考えを改めて、
相手も散々待ってくれたのだから、今度は自分の番。
いつか連絡が来たら「あの数年はごめんね」と謝ろう。と。
これも自分の中で大きな進歩。
何でそういう気持ちになったのかと言うと、他に熱中したい事(絵です)があったから、だからその思考にとらわれ過ぎずに済んだというのもあります。それと、コンフォートゾーンとは少し違うかもしれないけど、自分も様々な面で許してもらっているのだから、人も許さなければと考えたんです。
そして犬さんが帰宅した時に、コンフォートゾーンの記事を見せてもらって
「あ!私、出来てるじゃん!」と嬉しくなったんです。
快適な領域から飛び出せば、心にも体にも痛みを伴うかもしれない。だけど、思い切ってそれをするのも長い人生の中で必要なのかなと感じました。
で、この記事を書く時にフと思い出したのが、尊敬するhideさんの曲「DAMAGE」
彼の曲の中で上位に入る程、大好きな曲です。
歌詞は、よく噛み砕くとコンフォートゾーンと言えるのかなと思いました。聴いた方の解釈にお任せいたします。
彼の見た目や歌い方で嫌だと感じる人もいるかもしれないけど、そこはコンフォートゾーンを蹴り破って、歌詞と共に見てほしいと思ってブログに貼っておきます。
歌詞
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=B16447
もう18年も前になるんだなぁ。見た目とか音楽性とか、そうと感じないや。。。