やっと続きを書けます。
年賀状の入稿&発送とか、少しweb上のお仕事とか、寝ていたりとかで忙しかったです。後ね、なんかアメーバと相性悪いのか、ちょっと開くとPCの調子悪くなるんよね。
そんなんもあり、書かなくてもいっかーっていうサボサボが出てしまって。でも、嫌なことは年内中に置いて行こう!と思い、書きにきました。
さて、大学病院に行くまでに何か色々と期待しておりました。
一応、分野としては「精神科」なのですが「神経内科・精神科」として科が用意されていたので。
精神科は精神疾患を専門に診る科です。
わかりやすく言うと心の症状や心の病気(不安、抑うつ、不眠、幻覚、幻聴、妄想)を扱う科って事。いや、こういう症状があるっちゃあるけどさ。妄想だって、しなきゃ絵なんて描けないよ。
と、ここで昔友人だった方に(かなり年上でした)「考えてみたらさ頭おかしくなきゃ出来ないよね。だって真っ白な紙に絵と絵にまつわる物語を表現していくんだよ」という絵描きにとっちゃある意味賞賛の言葉を頂いた事を思い出しました。
と、また脱線しました。
神経内科は脳神経系の疾患を診る科です。
脳血管障害やパーキンソン病、などの神経の病気を扱う科です(代表的なものです)
この科でいう「神経」というのは「神経が図太い人」とか「神経質でイライラ」という時に使う神経とは違って、実際に筋肉などの組織につながっていて、信号を伝えたりしている「神経」のことです。
今回は、11月から時々ある痙攣などを含めて神経内科も診てもらえると思っていたので期待をしていました。また、紹介された先生が私と同姓だったんです。家は比較的珍しい苗字です。しかも、漢字はあっても読み方まで同じという人には、この先生含め2人しか出会っていません。そんな私の勝手な親近感が余計に悪かったんだと思います。
その日は寒くて雨も強く、ほぼひとつの「市」なんじゃないかと錯覚するような大病院は、とても物々しかったです。
予約と診察券の発行を済ませて、少し待っているとすぐに名前が呼ばれました。まずは研修医が話を聞いて、その後先生の診断という形です。この先生は良かった…。優しいし、正直な所「え?」と思うような内容でも「うんうん」と聞いてくれるから。だけど本番の教授様は違いました。
長く話したせいなのか緊張のせいなのか、すでに体はダルく、グッタリでした。すると研修医さんが「もし良ければ、そこのベッドで横になっていていいですよ。すぐに隣に呼ばれますからね」と言ってくれたんです。でも、すぐに呼ばれるのならと診察室前の椅子に腰掛けて犬さんへ寄りかかっていました。
そこで一緒に中に入っていた母が勘違いをしたのか、教授の部屋をノックして少し開けてしまったんです。その時に「あー!まだだよ!まだまだ~チッ」という声が聞こえたんです。母はすぐに「失礼しました」って引っ込んじゃったんですが、その時にはすでに違和感が私の中を走って行ったんです。
程なくして呼ばれて座ると、ニコニコというよりはヘラヘラとしている教授がいました。すでに何だコイツ感が否めません。
診察はさっきの研修医と同じような内容なんだけど、違う事は『自分から喋れ』という事。これは患者の状態を診たりするのに必要なのかもしれません。けれど、緊張や言葉にし辛い事、苦しくなる事だってあるんです。
その為のサポーターとして犬さんや母がいるのに、教授はとにかく口を挟むと「自分の口から!」と言ってきました。
それと、この事を書く時にも非常に悩むのですが、線維筋痛症になってから地震の予測が出来るという事です。よく「雨が降る前は古傷が痛む」なんていうのと同じで、地震がくる数日前から体調がおかしくなり、だいたいの場所も80%の確立で当てることが出来ます。
だけど、これはよくある霊的な予知ではなく(ぶっちゃけね、ぶっちゃけ地震とは関係ない事で霊的な云々てのはありますが…)地震に関しては天気予報と同じ感じなんです。
よく人に言うと「その時が来たら連絡ちょうだいねー」って笑って言われるんですけど、普段から悪い体調が地震前は更に悪化するから出来ませんので「そうだねー」と言っておしまいにします。
前はね、mixiでアメンバー限定みたいな感じで日記にしていたのですが、その内容を丸々コピーして「霊的な予感で当てます!」って書いていた人がいたので、更新をやめちゃったんです。自分の体調管理の意味もあったので、霊感ヒロインごっこに付き合わされたくなかったのです。それに隠していたのは、大地震で心に傷を負った方が、もし目にしたら嫌だろうと思ったのでオープンにはしていなかったのに。
地震と一口に言っても、難しいんですよね。だけど、振動によって生じる地震波とかさ、磁場とか地震雲とか色々あるのよ。低気圧の不調は浸透しているのに、地震になるとオカルトとか擬似科学となる。変なの…。じゃあ私が当ててるのはどう説明つけてくれんの?
脳の中がエラーでも起こしてなかったらこんなんならないでしょって言うのを、丁寧に説明をしました。
それと過去のトラウマ。これについてはいつか時が来たら書きたいと思います。何で未だに犬さんへすがりついているのかも、これに起因しています。
そこまでを教授に話すと、さっきよりももっとヘラヘラとした顔になり「あっそう」と
そして「医学としての答えが欲しかったら、ここで言い渡してあげますよ。だけど地震だなんだって事を信じているんだったら、新興宗教でも神様にでも拝んでもらいなさいよアンタ」と言い放ったんです。
教授には「信じて頂けないかもしれませんが」と伝えました。
それでも「いいから自分の口で全てを話せ」と教授は言ったんです。
その辺りから私の顔色と目つきが変だったのかもしれません。焦ったように今度は「血液検査の結果はあるの?それを、ほら、見せて」と言ってきました。サラッと通してみるとわからない項目が沢山あったんでしょうね。リウマチなどの項目はその科に特化していないとわかりませんから。
「で、何だっけ?線維筋痛症?リウマチ?そんなの言われてもね、それは専門家の領域なのわかるはずがないでしょう。数値なんか出ないんだから。あれ?炎症数値があるんだな…」と言って検査表を突っ返してきました。
友達の看護師に事後、聞いた所「多分さ、自分がわかんない事がいっぱいでさ、どっかわかる所ないかと思って血液検査の結果見たら、もっとわかんなくて焦ったんじゃない?」と言ってました。色々な先生様を見てきている彼女の意見は当たっているかも。
その後、開き直ったように椅子の背もたれにふんぞり返ると
「はい、わかりました。ア、ナ、タはただのストレスとPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。それで?僕に診てもらいたいの?それとも拝み屋に拝んでもらうのか決めなさいよ」
そこで自分の中の堪忍袋の緒が切れる、我慢がならない、仏の顔も三度まで、もうこの辺りの言葉を使っても点いちまった怒りの火は吐き出さないと収まらないんです。
「さっきっから散々人の事バカにしやがって、ああそうかもしれないよおかしいさ、おかしい事を変だと思ってるから診てもらいに来てるんだろうが!」
その後、診察券を折り曲げ、暴れんばかりの行動を取った事は非常に反省しています。だけど本来心の中で同居はしているけど、わざわざ開けなくてもいい過去のトラウマまで引き出されて、放り出された…。それが体も心も痛くて痛くて引き裂かれそうで。
気がついたら雨の中飛び出して、玄関口で黒船饅頭の親方さんへ電話していました。いつもいつも私の大騒ぎに付き合ってくれる大切な親友。あの時電話出てくれなかったらどうなってただろう。本当に感謝しています。
この状況を、前回もブログにて書かせてもらったA看護師長に帰宅してから相談しました。すると「言えるのはその先生は、たろちゃんの事も病気の事も、宗教の事も全てをバカにしたんだよ。いいの、いいの。大野先生はそれがあったって怒ったりはしないでしょ?だから忘れちゃいな」と言ってくれました。
カチンと来て声を荒げてしまった事は子供じみているとは思います。その先生のやり方なのかもしれないけど、許せない部分、逆鱗に何回も触れたんです。後で、犬さんに聞いた所、教授は焦ったのか残された母に「あの~もし良ければ同じ苗字のよしみとして何回か通って頂ければ」と言ったそうです。
こういう事があって、腹は立ったけど、経験としては良い経験になったし、色んな友達や話を聞いてくれる看護師さん達がいて恵まれた環境にいるなと思います。
最後に、雨が当たる玄関先で泣きじゃくっている私だったのですがその棟に食堂か何かがあるのか沢山のドクターや研修医や看護師が通り過ぎて行きました。本当に大きい病院なので百人近くはザラにいたと思います。
その中でたった一人だけ、影をスッと感じたと思ったら傘を私に差してくれて「大丈夫ですか?転んだりしていないですか?」と聞いてくれた研修医さんがいました。よく犬さんが言います。「千人の中でもたった一人の味方を見つけられたら幸せだ」と。
その研修医さんも、ほんの一瞬だけどその味方に入るのかな?
やっとここまで書けた。でも年内に吐き出せてスッキリ!
長文を読んで下さりありがとうございました。
年賀状の入稿&発送とか、少しweb上のお仕事とか、寝ていたりとかで忙しかったです。後ね、なんかアメーバと相性悪いのか、ちょっと開くとPCの調子悪くなるんよね。
そんなんもあり、書かなくてもいっかーっていうサボサボが出てしまって。でも、嫌なことは年内中に置いて行こう!と思い、書きにきました。
さて、大学病院に行くまでに何か色々と期待しておりました。
一応、分野としては「精神科」なのですが「神経内科・精神科」として科が用意されていたので。
精神科は精神疾患を専門に診る科です。
わかりやすく言うと心の症状や心の病気(不安、抑うつ、不眠、幻覚、幻聴、妄想)を扱う科って事。いや、こういう症状があるっちゃあるけどさ。妄想だって、しなきゃ絵なんて描けないよ。
と、ここで昔友人だった方に(かなり年上でした)「考えてみたらさ頭おかしくなきゃ出来ないよね。だって真っ白な紙に絵と絵にまつわる物語を表現していくんだよ」という絵描きにとっちゃある意味賞賛の言葉を頂いた事を思い出しました。
と、また脱線しました。
神経内科は脳神経系の疾患を診る科です。
脳血管障害やパーキンソン病、などの神経の病気を扱う科です(代表的なものです)
この科でいう「神経」というのは「神経が図太い人」とか「神経質でイライラ」という時に使う神経とは違って、実際に筋肉などの組織につながっていて、信号を伝えたりしている「神経」のことです。
今回は、11月から時々ある痙攣などを含めて神経内科も診てもらえると思っていたので期待をしていました。また、紹介された先生が私と同姓だったんです。家は比較的珍しい苗字です。しかも、漢字はあっても読み方まで同じという人には、この先生含め2人しか出会っていません。そんな私の勝手な親近感が余計に悪かったんだと思います。
その日は寒くて雨も強く、ほぼひとつの「市」なんじゃないかと錯覚するような大病院は、とても物々しかったです。
予約と診察券の発行を済ませて、少し待っているとすぐに名前が呼ばれました。まずは研修医が話を聞いて、その後先生の診断という形です。この先生は良かった…。優しいし、正直な所「え?」と思うような内容でも「うんうん」と聞いてくれるから。だけど本番の教授様は違いました。
長く話したせいなのか緊張のせいなのか、すでに体はダルく、グッタリでした。すると研修医さんが「もし良ければ、そこのベッドで横になっていていいですよ。すぐに隣に呼ばれますからね」と言ってくれたんです。でも、すぐに呼ばれるのならと診察室前の椅子に腰掛けて犬さんへ寄りかかっていました。
そこで一緒に中に入っていた母が勘違いをしたのか、教授の部屋をノックして少し開けてしまったんです。その時に「あー!まだだよ!まだまだ~チッ」という声が聞こえたんです。母はすぐに「失礼しました」って引っ込んじゃったんですが、その時にはすでに違和感が私の中を走って行ったんです。
程なくして呼ばれて座ると、ニコニコというよりはヘラヘラとしている教授がいました。すでに何だコイツ感が否めません。
診察はさっきの研修医と同じような内容なんだけど、違う事は『自分から喋れ』という事。これは患者の状態を診たりするのに必要なのかもしれません。けれど、緊張や言葉にし辛い事、苦しくなる事だってあるんです。
その為のサポーターとして犬さんや母がいるのに、教授はとにかく口を挟むと「自分の口から!」と言ってきました。
それと、この事を書く時にも非常に悩むのですが、線維筋痛症になってから地震の予測が出来るという事です。よく「雨が降る前は古傷が痛む」なんていうのと同じで、地震がくる数日前から体調がおかしくなり、だいたいの場所も80%の確立で当てることが出来ます。
だけど、これはよくある霊的な予知ではなく(ぶっちゃけね、ぶっちゃけ地震とは関係ない事で霊的な云々てのはありますが…)地震に関しては天気予報と同じ感じなんです。
よく人に言うと「その時が来たら連絡ちょうだいねー」って笑って言われるんですけど、普段から悪い体調が地震前は更に悪化するから出来ませんので「そうだねー」と言っておしまいにします。
前はね、mixiでアメンバー限定みたいな感じで日記にしていたのですが、その内容を丸々コピーして「霊的な予感で当てます!」って書いていた人がいたので、更新をやめちゃったんです。自分の体調管理の意味もあったので、霊感ヒロインごっこに付き合わされたくなかったのです。それに隠していたのは、大地震で心に傷を負った方が、もし目にしたら嫌だろうと思ったのでオープンにはしていなかったのに。
地震と一口に言っても、難しいんですよね。だけど、振動によって生じる地震波とかさ、磁場とか地震雲とか色々あるのよ。低気圧の不調は浸透しているのに、地震になるとオカルトとか擬似科学となる。変なの…。じゃあ私が当ててるのはどう説明つけてくれんの?
脳の中がエラーでも起こしてなかったらこんなんならないでしょって言うのを、丁寧に説明をしました。
それと過去のトラウマ。これについてはいつか時が来たら書きたいと思います。何で未だに犬さんへすがりついているのかも、これに起因しています。
そこまでを教授に話すと、さっきよりももっとヘラヘラとした顔になり「あっそう」と
そして「医学としての答えが欲しかったら、ここで言い渡してあげますよ。だけど地震だなんだって事を信じているんだったら、新興宗教でも神様にでも拝んでもらいなさいよアンタ」と言い放ったんです。
教授には「信じて頂けないかもしれませんが」と伝えました。
それでも「いいから自分の口で全てを話せ」と教授は言ったんです。
その辺りから私の顔色と目つきが変だったのかもしれません。焦ったように今度は「血液検査の結果はあるの?それを、ほら、見せて」と言ってきました。サラッと通してみるとわからない項目が沢山あったんでしょうね。リウマチなどの項目はその科に特化していないとわかりませんから。
「で、何だっけ?線維筋痛症?リウマチ?そんなの言われてもね、それは専門家の領域なのわかるはずがないでしょう。数値なんか出ないんだから。あれ?炎症数値があるんだな…」と言って検査表を突っ返してきました。
友達の看護師に事後、聞いた所「多分さ、自分がわかんない事がいっぱいでさ、どっかわかる所ないかと思って血液検査の結果見たら、もっとわかんなくて焦ったんじゃない?」と言ってました。色々な先生様を見てきている彼女の意見は当たっているかも。
その後、開き直ったように椅子の背もたれにふんぞり返ると
「はい、わかりました。ア、ナ、タはただのストレスとPTSD(心的外傷後ストレス障害)です。それで?僕に診てもらいたいの?それとも拝み屋に拝んでもらうのか決めなさいよ」
そこで自分の中の堪忍袋の緒が切れる、我慢がならない、仏の顔も三度まで、もうこの辺りの言葉を使っても点いちまった怒りの火は吐き出さないと収まらないんです。
「さっきっから散々人の事バカにしやがって、ああそうかもしれないよおかしいさ、おかしい事を変だと思ってるから診てもらいに来てるんだろうが!」
その後、診察券を折り曲げ、暴れんばかりの行動を取った事は非常に反省しています。だけど本来心の中で同居はしているけど、わざわざ開けなくてもいい過去のトラウマまで引き出されて、放り出された…。それが体も心も痛くて痛くて引き裂かれそうで。
気がついたら雨の中飛び出して、玄関口で黒船饅頭の親方さんへ電話していました。いつもいつも私の大騒ぎに付き合ってくれる大切な親友。あの時電話出てくれなかったらどうなってただろう。本当に感謝しています。
この状況を、前回もブログにて書かせてもらったA看護師長に帰宅してから相談しました。すると「言えるのはその先生は、たろちゃんの事も病気の事も、宗教の事も全てをバカにしたんだよ。いいの、いいの。大野先生はそれがあったって怒ったりはしないでしょ?だから忘れちゃいな」と言ってくれました。
カチンと来て声を荒げてしまった事は子供じみているとは思います。その先生のやり方なのかもしれないけど、許せない部分、逆鱗に何回も触れたんです。後で、犬さんに聞いた所、教授は焦ったのか残された母に「あの~もし良ければ同じ苗字のよしみとして何回か通って頂ければ」と言ったそうです。
こういう事があって、腹は立ったけど、経験としては良い経験になったし、色んな友達や話を聞いてくれる看護師さん達がいて恵まれた環境にいるなと思います。
最後に、雨が当たる玄関先で泣きじゃくっている私だったのですがその棟に食堂か何かがあるのか沢山のドクターや研修医や看護師が通り過ぎて行きました。本当に大きい病院なので百人近くはザラにいたと思います。
その中でたった一人だけ、影をスッと感じたと思ったら傘を私に差してくれて「大丈夫ですか?転んだりしていないですか?」と聞いてくれた研修医さんがいました。よく犬さんが言います。「千人の中でもたった一人の味方を見つけられたら幸せだ」と。
その研修医さんも、ほんの一瞬だけどその味方に入るのかな?
やっとここまで書けた。でも年内に吐き出せてスッキリ!
長文を読んで下さりありがとうございました。
最近の私の精神状態なのですが、嫌なことがあるとしばらくすると「無」になります。これってどういう状況なんだろうと自己分析してみたんですが、多分「それ以上傷つくこと」から逃げているのかなと思うんです。
これは前置きでね、何があったのかというと非常に不愉快極まりない話です。
まずは、それに至るまでの経緯から書きたいと思います。
現在、私は線維筋痛症と痛みによる双極性Ⅱ型として村上先生の所へ通っています。
そして、関節リウマチと全身性疼痛(線維筋痛症の名が通っていないための手段)として県内の大野先生の所へ通っています。
夏に一度、線維筋痛症のアロディニア(通常では疼痛をもたらさない微小刺激が、すべて疼痛 としてとても痛く認識される感覚異常のこと。異痛症とも呼ばれる。ウィキペディアより)が強く出てしまい、救急車で搬送されました。
が、受け入れてくれる場所はなく、以前通っていたリウマチ専門クリニックの看護師長に電話で取り次いでもらい、総合病院へ入る事が出来ました。
そして毎年行っている個展の準備中には今までに無い体調不良が出てしまい、それが痙攣と嘔吐でした。夏にも嘔吐はあったのですが、夏という事もあり熱中症との区別がつかずにいたんです。
ですが時期は初冬。それは考えづらい。
更に、痙攣と共に右足の感覚がまるで無くなってしまったんです。いつもは軽くぶつけただけでも「ギャー」って叫ぶぐらいなんです。それが、ボールペンやシャーペンの先で犬さんが強く押しても触った感覚も無い状態。
普通で考えたら嘔吐・痙攣・感覚異常となると「脳」を疑うと思うんです。
だけど救急車でも受け入れ拒否されても仕方ないしという事で、まずはかかりつけの病院へ犬さんが電話をしてくれました。が、大野先生は学会で不在。村上先生は日大に昼間は勤務している為、私が通っているクリニックにはいませんでした。
ですが、たまたま小児てんかん心身症専門の先生が電話に出てくれて、「痙攣の具合などをみると脳性のものではないので安心して下さい」と言ってくれたそうです。
その数日後、村上先生の受診に犬さんだけで行ってもらい(起き上がれない事が多く、ほぼ半分は犬さんだけが行ってくれます)相談の結果
村上先生は元々リウマチ・膠原病という内科だったのを、線維筋痛症や慢性疼痛の患者が多い事と、診られる医師がいないという事で、心療内科の分野を新たに勉強したので、「自分は正直な所専門外なの。だから本当に専門としている医師に診てもらい地元に駆け込めるパイプを作ってくれる事も必要かもね」との事でした。
更にその数日後大野先生の受診へ行き、今までの経緯と村上先生の話をした所
「では僕がいた事もある埼玉医科大学で詳しく診てもらえるように紹介状を書くから、僕らではわからない所はよく診てもらってね」と紹介をしてもらう事になりました。
ここまで書いて疲れてしまったので、真相となる続きはまた…。
関係ないけど、名前を出すか悩んだけど村上先生は然り、大野先生もすごい先生だったです…。ウィキペディアにもいらっしゃいました。誕生日が同じなので「わーい30歳年上~」とか「眉毛すげー♥」とか言ってごめんちゃい。両先生信頼&大好きです。
これは前置きでね、何があったのかというと非常に不愉快極まりない話です。
まずは、それに至るまでの経緯から書きたいと思います。
現在、私は線維筋痛症と痛みによる双極性Ⅱ型として村上先生の所へ通っています。
そして、関節リウマチと全身性疼痛(線維筋痛症の名が通っていないための手段)として県内の大野先生の所へ通っています。
夏に一度、線維筋痛症のアロディニア(通常では疼痛をもたらさない微小刺激が、すべて疼痛 としてとても痛く認識される感覚異常のこと。異痛症とも呼ばれる。ウィキペディアより)が強く出てしまい、救急車で搬送されました。
が、受け入れてくれる場所はなく、以前通っていたリウマチ専門クリニックの看護師長に電話で取り次いでもらい、総合病院へ入る事が出来ました。
そして毎年行っている個展の準備中には今までに無い体調不良が出てしまい、それが痙攣と嘔吐でした。夏にも嘔吐はあったのですが、夏という事もあり熱中症との区別がつかずにいたんです。
ですが時期は初冬。それは考えづらい。
更に、痙攣と共に右足の感覚がまるで無くなってしまったんです。いつもは軽くぶつけただけでも「ギャー」って叫ぶぐらいなんです。それが、ボールペンやシャーペンの先で犬さんが強く押しても触った感覚も無い状態。
普通で考えたら嘔吐・痙攣・感覚異常となると「脳」を疑うと思うんです。
だけど救急車でも受け入れ拒否されても仕方ないしという事で、まずはかかりつけの病院へ犬さんが電話をしてくれました。が、大野先生は学会で不在。村上先生は日大に昼間は勤務している為、私が通っているクリニックにはいませんでした。
ですが、たまたま小児てんかん心身症専門の先生が電話に出てくれて、「痙攣の具合などをみると脳性のものではないので安心して下さい」と言ってくれたそうです。
その数日後、村上先生の受診に犬さんだけで行ってもらい(起き上がれない事が多く、ほぼ半分は犬さんだけが行ってくれます)相談の結果
村上先生は元々リウマチ・膠原病という内科だったのを、線維筋痛症や慢性疼痛の患者が多い事と、診られる医師がいないという事で、心療内科の分野を新たに勉強したので、「自分は正直な所専門外なの。だから本当に専門としている医師に診てもらい地元に駆け込めるパイプを作ってくれる事も必要かもね」との事でした。
更にその数日後大野先生の受診へ行き、今までの経緯と村上先生の話をした所
「では僕がいた事もある埼玉医科大学で詳しく診てもらえるように紹介状を書くから、僕らではわからない所はよく診てもらってね」と紹介をしてもらう事になりました。
ここまで書いて疲れてしまったので、真相となる続きはまた…。
関係ないけど、名前を出すか悩んだけど村上先生は然り、大野先生もすごい先生だったです…。ウィキペディアにもいらっしゃいました。誕生日が同じなので「わーい30歳年上~」とか「眉毛すげー♥」とか言ってごめんちゃい。両先生信頼&大好きです。

