私は、S社J店の食堂を任されて、驚きました。
幹部管理職、始め全社員の礼儀正しさと、親切で優しかった事です。
私も、ここまで来るには、まあまあ、の世間、社会を見て来た、ツモリですが、これだけ苦労をして来ているのに、皆、明るい人ばっかしでした。
私は、何としても、このS社J店の純粋な愛社精神を持つ全社員の期待に答え喜ばれる仕事をしたいと思っていましたが、先にも書いた用に中々、自分の思ったトウリには行かなかった。
和食と洋食が些細な事で直ぐ喧嘩し、威嚇し合い興奮して、両方ともオネエ言葉で罵り会うのには、驚きました。
(私は、食堂をやる前に夫Kと別れた時、別れの余のシドサに頭に来てKが警察に助けを求めるほど締め上げた事が有ります。
その時Kが興奮してオネエ言葉になったのには驚きました。)
私は、この頃、社員の要望に答えようと必死だったので、気が付いた事とか要望をKに伝え職人達にも言って来たがKは何時も、話し合いもしないで、私を馬鹿にし職人達の前で女の出るまくじゃあねえ、女に何が出来るんだと言って、返って仲を引っ掻き廻されるしまつでした。
そんな、ある時、昼の時間も終わり、珍しく職人達が穏やかになり、話し易い雰囲気になったので、私は社の要望を話したり、気が付いた所を話している時、夫Kは、イキナリ怒り、いい加減にしろ、この馬鹿野郎がと怒鳴られ罵られ聞くに堪えられない暴言を言われ、職人達をアオッテ一緒に罵倒された時、私は、自分で言うのも、何ですが、サスガに我慢強い私も、罵られている内に頭の中がボーットなり、耐えに耐えていたものが、爆発し表に飛び出しました。
店は、3階だったので、店からも表からも出入り出来る石の裏階段が有り、私は、ボーットしたまま、飛び出し階段から落ち暫らく動く事が出来ませんでした。
私は、余の痛さで動く事も出来ずソノママの姿で、考えました。
このまま私が帰ったら、そうで無くても示しが付かないのに、益々やり辛くなる事が分り、そうかと言って今までの用にオトナシク話し合うと言う事では、もう駄目だっと思い、腹を決め何か言ったら、やり返すぞ、と思った時、私は、体中が熱くなり、心の中でナメルンジャネエーよ、この野郎と叫んでいました。
そして立ち上がり店に行くと、Kが大きな声で職人達とショセン女なんか、ちょっと何か有れば、逃げるか、辞めるかだ、やっちゃーいられねえよなーと言って皆をアオッテ高笑いしていたが、私は、もうヤレルものならヤッテ見ろと、ゆう気持ちだったので何にも感じなかった。
そこえ私が、帰って来たので、Kを始め職人達は、私を見て、ギョットして、ピッタと黙ってしまい、ソレゾレが仕事をやりだした。
その時、洋食が驚いて、奥さん背中が血だらけですと言われ見るとシャツが血だらけになっていたので、私は、Kに家に着替えに行くといて、家に帰り薬を塗って、直ぐに店に行くと、Kは、私に、俺、家に帰るからと言って帰ってしまた。
この時、私は、骨折した事に気が付かず、もの凄く痛いかったけど、背中だけ、だっと思っていたもので、余のクヤシサに、心の中で、こんな傷ぐらい何だ、お前達も何か有っても、痛い何て絶対に言わせないからな、と叫びながら私は、イッサイ痛いと、ゆう素振りを見せず毅然とした態度を職人達に見せ付けた。
何で、尾てい骨が骨折した事が分ったかと言うと、何年かしてら夜勤をやらしていた、従業人から、悪ふざけをされ、胸をブツケて、その痛みが余にも異常な痛みだったので、医者に行って、レントゲンを撮ってモラッタところ、肋骨にヒビが入っていた、
その時、階段から落ちた事を思い出し、ついでにレントゲンを撮ってもらって分った。
医者が言うには、この骨は、別に有っても無くてもいい骨だ、それと、もう肉に、めり込んで固まっている後遺症は、出ないから心配するなと言われた。
そして私は、医者から、肋骨のヒビはタチの悪い、ヒビだと聞かされたが、私は、医者に聞きました。
もし折れたらどうなるか聞くと、医者は、折れたら間違いなく肺に刺さると言うので、私は肺に刺さったら、どうなると聞くと、医者は、その時は、刺さった骨を取るまでだ
と言ったので、私は、じゃあ命に係わる事は無いですねと聞くと、医者は無いと言ったので、私は、医者に、折れて肺に刺さったら、その時、取ってモライに来ると言って帰り、家の近所でサラシを買い、サラシをマキ現場に行き仕事を続けました。
でも、余にも、私のやる事が多くて、忙しくって、そんな事も忘れてしまいました。
