私は、お袋が泣き崩れて、夫Kとの離婚は私が死んでからして、くれと言われ、そんなお袋の姿を見て、私は、尼寺に行く事を断念し、また安心して、もらう為に夫Kと、もう一度やり直す事を、お袋と約束してしまいました。
Kが、なぜ、お袋を巻き込んだかと、言うと、Kは、ドライバーさんや、夜勤の人達に、殴られても、仕方の無い事ばっかし遣っていた事を完全に忘れ、売り上げ金だけを見ていたので、私がいなくっても出来ると思っていた。
そして、Kが、手術してからの1週間、Kは毎日、朝から夕方まで仕事をし、私と夕方交代していた。
その1週間の間に、Kは、管理職から、お前達の代わりは、イクラでもいる、私の代わりは、いないと言われたそうです。(この話は、ずうと後に、人から聞きました。)
Kと、やり直す事になった私は、今まで、Kに教えて来た事や、Kに対する自分の態度を考えて見ました。
私は、今まで、Kと経営の有り方で喧嘩に何度もなりましたが、Kを一家の主として立ててきました。
どうすれば、Kに私の一念が通じるか思案にクレる毎日でした。
Kは、何時もの事ですが、ちょっとの間は、協力的にやってくれましたが、そんな中また職人が代わり、Kは今までと違って、職人を、たき付、私に喧嘩を売らせたり、職人と一緒になって、私を追い回し始めた。(追い回しとゆうのは、人が畏縮してしまう状態にして馬鹿にしながら、次から次に仕事を押し付け精身的苦痛だけを与え、辞めて行くか、体がオカシクなって倒れるまでイジメる事です。)
私の、それまでの人生は、人をイジメタ事も無いし又イジメられた事も有りません。
そして私は、食堂を始めてから、この時までに、夜勤の職人や雑用人と包丁を持つ修羅場の喧嘩を、もう何回か体験していました。
この追い回しが始まった時は、昼間の雑用の人が足りなく、私は、24時間体制でやっていました。
中々、雑用の人が決まらず、そうかと言って喧嘩すれば、料理が間に合わなくなり、社の人に迷惑が掛かってしまうので、我慢しなければ、なりませんでした。
また、Kの態度の悪さが原因で社の人達からのクレームが食堂のカウンターの前で相次ぎ、私は、段々、体がオカシクなり、神経がビリビリになり、音が、まるでガラスの破片で体中を刺されている感じになり、自分でも限界を感じ、Kと喧嘩にならないように話を付け、当分の間は、夜勤だけする事にしました。
話をKと付けた私は、家に帰り娘の部屋のカーテンを締め切り、部屋を真っ暗にしてビリビリになった神経を休める為、寝ていた。
暫らくしてから、お袋の声が聞こえた、チトラどうしたんだ、子供が、お前が帰って来て寝てるて聞いて来たんだと言って、お袋は、娘と一緒に部屋に入って来て、電気を付けた時、娘は、私を見て、これは、お母さんじゃない、化け物だーと言って部屋から飛び出していきました。
お袋は、そんな私を見て、何か言おうとしましたが、私は、心配するな、ただ疲れが溜まった、だけだから、暫らくの間は、静かに寝かして欲しいと言って、帰してから、私は、娘に言われた事が気になり、鏡を見に行った。
私は、鏡に写た自分の姿を見て驚いた。
これが私の姿か、顔は、青黒、クマドリのように太い線が何本も入り、目はキツク吊り上って、姿は不気味に曲がっていた。
私は、忙しくって、鏡を見る暇も有りませんでした。
こんな姿を人前にサラシテいたのかと分った時、恥ずかしくなり、それからは、鏡を絶えず見るようにしました。
私は、この追い回しを体験して、それで辞めて行く人が如何に多かったかを知り、話しても分らない人は斬る事にしました。
斬ると言う事は、クビと言う事です。