私は、退院した、お袋に体力をつけさせ、社に戻り、翌日、実家に電話すると、弟が出て、お袋は、歩けるようになって、軽い仕事を、やつているが、お袋は、私の事を凄く怒っていて、出入り禁止だと言っていたと聞かされたが、私は、とんでもない事を、しってしまたけど、お袋が歩けるようになって、軽い仕事が出来るようになった事を聞き、私は、お袋を、怒らしてしまったけど、これで良かったじゃないかと思っています。
それから、日も大分経ち実家からは、何の連絡も無かったので、私も、夫Kや従業人との問題が日夜続いて、スッカリ忘れていた時、実家から電話が有り、母が倒れて入院したと連絡が入った。
私は、母の二度目の退院後、兄弟達に喧嘩にならないように、また入院するような事が有ったら最初の病院に入れるようにと、
二度目の病院での母の精神状態を話していたので、近所の最初に入った病院に入院できた。
連絡が入って、直ぐ母の所に行くと、母は、完全に無表情な姿になり、私が話し掛けても、返事も無く、母が如何に兄弟達夫婦との凄まじい喧嘩をして、精神的苦痛を受けて、それが元で倒れたと、ゆう事が私には、良く分かります。
お袋を引き取ろうと、しても、お袋は、世間体を気にして、世間体に縛られていて、ガンとして、私の所に来ない事は、分かりますので、私は、どうしたらお袋が、表情を戻し、声を出すか考え、親父の事を出しました。
私は、この時、実家には、寄らず、直接、病院に行きましたが、母には、いま親父の所に寄って来たけど、親父は、お袋が入院した事で、今までと違って凄くオロオロして私に、俺は行かれないけど、母ちゃんに、頑張れて言ってくれ、外出が出来るようになったら、俺の所に連れて来てくれて言っていたよ。
と話すと、無表情だったお袋は、怒りの表情になり、私に怒り出した。
あの馬鹿親父がそんな事、言う訳ないだろ、向こうの味方して、私の事何か、どうでもいいんだ、皆も、私の事を早く死ねば良いとそう思っていやがるくせに、チトラそんな作り話は、聞きたく無い帰れと、お袋に怒られましたが、私は、お袋に、もう一度、希望を持って貰って元気になって欲しかったので、私は必死になて、お袋に言いました。
兄弟達夫婦も、親父もこの三度目の入院で、皆、本当に心から心配しっている。
親父も今までとは、全く違うよ、お袋が、い無い事で相当参っているよ。
お袋、不器用な親父の気持ちも分かってやんなよ。
母ちゃんを早く歩けるようにして、俺の所に連れて来てくれて、何回言ったと思っているんだ。
そんな事を今まで言った事が有るか、親父わね、本当にお袋がいなくって寂しそうだったよ。
いま来る時だって、親父は表まで出てきて、母ちゃんに早く外出が出来るようになて、来いって、言っていたよ。
親父の事は、お袋が一番良く知っているじゃない、と言ってお袋を見ると、お袋の顔に柔らかい表情が出てきて、お袋は、嬉さを噛み締めて、本当にお父ちゃんがそんな事いったのかよ、と言ったので、私は、スカサズお袋に私がそんな下らない嘘言う訳ないでしょと言ってやると、お袋は、嬉さと安心の表情を見せたので、私も安心して、帰り際にお袋に、親父に何か言わなくっても良いのかと、言うと黙っているので、私は、お袋に、お袋も愛しているて言っていたよと、親父に言うよと言うと、お袋は、恥ずかしさと、嬉さの表情でうんうんとうなずいた。
私は、まだこの時、知らなかったけど、一回目の入院の時、弟の嫁T子は、お袋に黙って、いない留守に、お袋の、2000万近く入って入る通帳を見ていて、その外に、たんす貯金が何百万か有った、それもT子に見られていた、そして次男を外して、長男の嫁S子と結託していた。
この時の、長男、次男、三男は、お袋から、皆、家を貰っていた。
私は、家を買うとき300万円貰いました。
そして、弟の嫁T子と親父は大分前から肉体関係を持っていた。
私は、この時点では、知りませんでした。
私は、この三度目のお袋の入院中に実家に行った時T子が、親父に体をコスリ付けて行ったのを見て、何か起きなければ、いいけどと心配しました。