日本の飛行機 その先駆けとなった 「奈良原式2号機」

 たかだか100年ちょい前のことですから 航空機の発展って最近のことなんですね

 

航空プラザには もう一機 精密零戦模型

 

コクピット内まで再現

実機のコクピット

零式艦上戦闘機二二型|橋本 尚久

此方は 零戦22型

初期の型より エンジンをパワーアップ

 ゼロ戦の特徴であった軽快性や購読距離は維持 

 

 

 

実機の写真

ファイル:Nishizawa UI105 7may1943.jpg

元々は白に近い灰色の上に現地のジャングルに隠れるように 緑色を現地ラバウルで塗装

 エンジンは初期型より排気量アップで大きくなり丸みのあるエンジンカウルに

 

 

宮崎駿監督の作品「風立ちぬ」

風立ちぬ : 作品情報・声優・キャスト・あらすじ - 映画.comの画像

零戦の設計主任 堀越二郎をモチーフにストーリは展開

 

その最後に「帰らなかった機体」として描かれれているのが

宮崎駿監督の父親は、零戦を製作していた中島飛行機に部品を納入 ...

その特徴から察するに この22型

 宮崎駿監督が思う 零戦の完成型は

 戦争後半、戦況がジリ貧になったときの 最終型の52型じゃなくて

 ラバウルで活躍した22型なのかもしれません

 

 

もう一機 戦闘機模型

陸軍の隼

 その再初期型

エンジンカウルが黒く塗ってないので 零戦と区別がつく

 

零戦は三菱の設計ですが 隼は中島飛行機(いまの富士重工「スバル」)

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その中島飛行機創業者 中島知久平

 

以前 ゴードン様に中島邸に連れて行ってもらったことがあります

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内部の一部も見学できます

 中島知久平は戦後 A級戦犯として裁かれますが 無罪

 でも イロイロ苦労があったのでしょう 65歳の若さで病死

 

  家の中にも飛行機に関する資料などの展示はほとんど無かった

 

 

 

さて 航空プラザ一階

 

ココには実機の展示

 

レシプロエンジンから時は変わり ジェット 戦闘機 T-33A

製造は1948年~1959年

 

基本的な操縦はレシプロエンジン機と似たような印象

操縦メーターパネル上には「索敵」の文字

 敵より前に敵機を発見して 主導権を取るのは戦闘の基本 なのですね

 

 

 

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