ヤマハ コミュニケーションプラザ
ヤマハといば トヨタ車のエンジンも手掛けていることは知られています

あの名車 トヨタ2000GTのエンジンも ヤマハが開発しかとこは 有名

その
エンジン部品の一部は オートバイとも共通なのも ファンの間では有名な話

2階に上がっていくと ヤマハオートバイの歴史を知ることが出来る

1955年 浅間火山レース

125ccクラスで いきなり上位独占
その時 レースマシンのベースに使われた ヤマハYA-1

浅間火山レース 仕様

プルバックハンドルと リアシートが目立つ
おそらく 高低差のあるグリップの悪い ダートがメインのレースでしたから

それに 合わせた変更と考察

やがて ロードレースはサーキットを会場とするようになり
前傾ポジションのフルカウルスタイルへ
ヤマハ RD05A
水冷 2ストローク 4気筒 250cc

1968年には ライダー メーカーとも 世界タイトルを獲得

少し古い

TD-1A

1970年代ごろには 500ccクラス

水冷 パラレル4気筒

750クラスでは

OW31 キャストホイルやモノサス採用

黄色い ヤマハ

1978年 YZR500
といえば 帝王 ケニーロバーツ

黄色って いまはスズキのイメージカラーですが
この頃の黄色といえば ロバーツでした
(写真はRZ350Rのカタログ)

YZR350

YZR500 1985年のマルボロカラー

あの 伝説のシーズン

バイク界隈が 最も暑かった 一時代でした
なんて 時間を忘れて 見学していると
「もうそそそろ 70~80年代ミニバイクミーティングのイベントが始まる」
と 声をかけてくれた
三日月さま 写真は10年前 能登に来てくれた時のモノ

時間を忘れる コミュニケーションプラザ
