音楽療法と言う言葉を聞いたことがある人はどれくらいいるのだろう。
高齢者のケアから自閉症児のケア等、今では様々な場所で音楽療法を実践し、リハビリに
取り入れている機関も多くなってきているのですが、ふと音楽療法について考える時があります。

私が働く病院には認知症の高齢者も当然入院しているので、音楽療法の時間があります。
使う音楽は童謡であったり、演歌が中心だったりするのですが、入院中の高齢者の年齢に応じ
使う音楽をチョイスしているので、知っている曲が流れれば、皆さん口々に歌い始め
終始にこやかに過ごされています。

そして私が考える事と言うと、これから20年後にチョイスされる音楽はどんな音楽なんだろうか?
と言う事。40年後にチョイスされる音楽の行方も正直気になるところです。
まぁ、40年後と言えば、私も立派な高齢者の仲間入りを果たしている年齢になるのですが、
私自身、幼少期は童謡を聞かされる事はしょっちゅうありました。

なので、40年後にチョイスされる音楽の一つは、確実に童謡が入る事は想定できます。
でも、童謡以外の音楽はどうでしょう。邦楽が好きで邦楽を聴いていた人もいるでしょうが
私は邦楽は今は然程聴く事はありません。 と言っても年代的に尾崎豊や浜田省吾、チャゲアス、
ユーミンは間違いなく聴いていた世代になるので、このあたりもチョイスされるのかな?と
何となくですが想像はつきます。

ただ、残念なことに私は邦楽では、あまり元気になれないのです。
多分、あら懐かしい音楽だわね~程度で終わってしまうのではないかなと今は感じています。
私が元気になれる音楽を、今から子どもたちに教えておいた方が良いのかな~なんて
思ったりする事もあるのですが、洋楽聴いてヘッドバンキングしている年寄りを
今の若い世代の子たちがどう見るのかも気になるところです。

今から我が子に伝えておく?
母ちゃんの老後に音楽療法を取り入れるのであれば、いくつか候補をあげておくから
今のうちにしっかりと記憶しておけ~なんてね。





まぁ、この先どんな音楽を聴き続けるのか分からないけど、でも、これだけは言えるなぁ。
年寄りになってアイドルとか音楽療法で聴かされたくない!と。
洋楽好きな年寄りが集まる老人ホームなんて出来ないかなぁ。そんなホームがあれば
間違いなく入所するんだけど・・・。

先日、何かのテレビ番組で芸能人の人が星空の写真を撮っていた。


それを見ていた娘が・・・・


「 私も綺麗な星空を見て見たい!!」 と急に騒ぎ出したのだ。



私が住んでいるところは、東京都心部と比較すれば、まだ星空は綺麗な方で、


ちょっと山に入れば、それなりの星空を見る事も出来る。


と言っても自分が子どもの頃と比較すると、星の数も少なくなったように思えるのだが、


まだまだ学生の身分。



深夜のドライブだ!と言って、真夜中に山奥に連れていっても翌日起きれる保証はない。


なーんて、実際は私が起きれる保証がないだけで、時間があれば車で数時間かかっても山奥に連れて行き


満天の星空でも拝ませ、満足したところで家に引き返す事も出来るのだが、歳をとってきているせいか


そのような元気が私にはない。



仕方が無いので、娘に地元のプラネタリウムを推奨して差し上げた。


今なら100円で満天の星空が拝めるよ!


お前さんが保育園の時、よくお母さん連れて行ってあげたでしょ♪と話をしたのだが


本人、全く覚えていない。



散々連れて行ったのに。


小学生以下は無料だし、暇つぶしをするにはもってこいの場所なので、しょっちゅうプラネタリウムに


連れて行ってあげていたのに、何で覚えていないんだよ!


思わず娘に突っ込んでしまったが、久しぶりにプラネタリウムに行きたくなった私。



大人は200円♪


規模は小さいけど本格的なプラネタリウムでぶっちゃけ大人でも楽しめる場所なのであります。


週末、嫌がる娘を無理やり連れて行ってこようと思います。




っつーか、五島プラネタリウムが再開したんですよね。


数十年ぶりに私も行きたい!



五島プラネタリウムと言えば、学生時代デートで何度も行った場所であります。


真っ暗になるので人目をはばからず彼と手を繋げる場所でもあり、そりゃもうドッキドキのデートだった


わけですが、今の若い世代の子からしてみたら、実に馬鹿げた話になるんでしょうかね?


今の学生だと、公衆の面前であっても手も繋げるしハグも出来るしチューもするなんてのは当たり前かも


しれませんが、私の学生時代は、そこまでオープンではなかったのです。



まぁ、学校から離れて唯一知り合いが何処にもいないような場所でしか、手をつなぐ事が出来ないみたいなね。


なので人前でいちゃいちゃなんてしようものなら、何を言われるか分からないわけで、


暗い場所でしかいちゃいちゃ出来る場所がなかったのであります。


そんな懐かしい思い出がいっぱいのプラネタリウム・・・久々に行って青春時代を振り返ってみたいかもですね。


年老いたババアも若かりし気頃はそれなりに青春を謳歌していたのでありまする。


世の中で人の死に一番多く直面する事が多い職業と言えば何だろう。

それは医療従事者や介護従事者が働く病院や高齢者施設ではないだろうか。


人間、長く生きていれば、当然誰かの死に直面する時がやってくる。

自分の家族、両親であったり、兄妹であったり、親戚であったり、祖父母であったり・・・。

時として自分の友人、知人なんて事もあるが、身近なところの死以外で直面する事は、他の職業なら

そう多いものではないと思う。


私自身、身近なところで葬式に出たと言えば、祖父母、姉、高校時代の同級生2名に

職場の上司の葬式ぐらい。 人数的に言えば、6名か。

40年間の中で身近なところで6名の葬儀に参列したものの、仕事ではどうかと言うと

葬儀に参列する事はないとしても、多い時だと1ヵ月で3名、4名、1年単位で言うと数十名の方の死に

向き合っている事となる。


人の死に多く携わっていく仕事だけあって、多くの職員は人の生死感について考える事も多くなる。

特に介護の仕事に就いたばかりの経験の浅い職員や看護師も同様だ。安楽死や尊厳死について

自分なりの考えを持つようになり、時として自分の不甲斐なさに嘆き、医療や福祉の制度上の問題に

ぶち当たって、何のための介護なのか、何のための医療なのかを真剣に悩み、中には自分の精神が崩壊し

その職から立ち去る人も少なくはない。


介護の仕事はただきついだけ!

意思疎通すらまともに出来ず、寝たきりの人の世話をし、最期を見届けることに何の意味がある。

寝たきり老人の命を延ばすことに意味なんてあるのか? 私ならこうなる前に早く死にたい。

早く死んでくれた方が、介護費用を払う家族にも負担が少なくて済むじゃないかと思っている職員も

残念ながら多いのだけど、私はそんな気持ちで仕事をしている職員を見ていて、常に思う事がある。


人生、終わりよければ全てよし 」 なんだよと。


世の中、はじめが肝心!と言う言葉もあるけど、どんなに始めをしっかりしていたとしても、

最終結果が悪ければ、その落胆は計り知れないほど大きいものとなる。 中には立ちなおる事が出来ず

社会から孤立していく人もいる。 人生の中盤で良い結果が得られたとしても、最後が最悪なものとなれば

やはり、自分が今までしてきた事は何だったのか?と自分の人生を後悔することとなる。


はじめを失敗したって、中盤で失敗したって、最後の結果が良ければ、最悪の人生だ~と思っていても

結果的に良い人生だったと思う事が出来るのではないだろうか? どんなに波乱万丈な人生であっても

終わりが良ければ全てよしと思える人生になる! 私はそう思って仕事をしています。

確かに哀れだと思う事もありますけどね。


自分の家族から見捨てられてしまった高齢者も実際にいるし、元気になったとしても戻る家が無い

高齢者も多くいます。家族からしてみれば、自業自得、これまでの報いだ!なんて考えている人もいるでしょう。

寝たきりになって自分の事を一切自分で出来ず、食事は胃ろうチューブから摂取、排せつも行えないので

浣腸するか摘便するか、衣服が便で汚れたら着替えさせてもらわなければ、自分では何一つ出来ない。


四六時中ベッドの上に寝ているだけで、後は死を待つだけと言った高齢者もいますけど、

その人が元気な間、どんな人生を送ってきたかは別として、そんな状態になってもお世話をしてくれる方がいる

温かい布団で寝て暮らせる事は、その人にとっての人生は全てよしとなるものだと思っています。

意思疎通は出来ないとしても、自分がしてきた行いを最後の最期で反省して旅立つ人もいるのではないでしょうか?


散々家族に迷惑をかけた事を、私は責める事は出来ません。そんな事をしてきたのだから、結果的に

寝たきり人生になったのよ!なんて言えませんが、誠心誠意お世話をしていく事で、自分がしてきた行いを

反省する切っ掛けにもなるでしょう。 考え方は人それぞれではありますが、そうして懸命に介護をしていく事で

その人にとっての人生が終わりよければ全てよしとなる!と、私は信じて仕事をしてきています。


一人の人生の最終章に携われる事って、素晴らしい事だと思えませんか?

介護も看護も汚い仕事だと言われますが、私は汚い職業だとは思っていません。

終わりよければ全てよしと思える人生を私も歩んで行きたいものです。