認知症・・・・今では珍しい言葉ではなく、身近な言葉として社会に浸透しつつありますが、


自分の両親、また祖父母が認知症となり、自宅で介護するようになると、その苦悩は計り知れず、


どうして良いか分からないと嘆く人の方が圧倒的に多くなります。 施設に入っても職員は認知症だからと


そっけない振りをし、人手不足の施設では認知症の高齢者はあまり相手にされることなく放置状態・・・


なんてところもあるぐらいです。



そこで今日は認知症と仲良く付き合えるよう、私自身の実体験も踏まえてお話したいと思います。



以前、私の祖父も認知症となり母が介護をした事を少しだけ触れた事がありますが、祖父も認知症、


祖母も認知症となり、二人とも既に他界していますが、母のとった行動は、家族全員に女優になりきれと


言う事でした。今回、他所のサイトでもお話させてもらいましたが、認知症はけして否定してはいけない!


と、言う事です。



例えば、ご飯食べたのに、まだご飯食べていないと言う。 夜なのに朝だと思い込んでおはようと挨拶をする。


毎日あっているのに知らない人だと思われる。娘なのに娘と認識されない。家族の誰かを見て知らない人が


勝手に家に上がりこんでいる。今すぐ出て行け!と怒鳴り出す。自分の家なのに自分の家じゃないから帰ると


言い出す。洋服の脱ぎ方も着方も分からなくなる。 トイレの場所が思い出せない。外に出たら家に帰るまでの


道が分からなくなる・・・などなど。



介護者からしてみれば、認知症になるなんて・・・とショックは大きいものです。何で私の事を覚えていないのか


必死になって介護をしているのに反抗的な態度で私を困らせるのかと。



だから、ご飯食べたのにご飯!と言われれば、「 今食べたでしょ!」と怒ってしまう。「 食べてないよ。」と言われ


「 何言ってるの?今食べ終わったばっかりでしょ!」と怒って否定してしまう。自分の家じゃないと言われ、


「 違うでしょ、ここはお婆ちゃんの家でしょ!」 とまた否定する。 これは一番逆効果な事なのです。



自分が認知症だとある程度理解しているように見えても、それは一瞬の事で数分立つと忘れてしまうのが


認知症です。中には 「あ~そうか、食べたか。」と納得される素振りを見せても、数分で 「飯はまだか?」と。


認知症は辛い病気、治らない病気と誰もが思っている事ですが、その進行を遅らせるためには否定はせず


全て受け入れてあげる事から始まります。



なぜなら本人は認知症であっても、認知症ではない、常に正常な状態にあると脳が判断しているからです。


記憶障害で最近の事が覚えられないのも、過去にタイムトリップして童心に帰ってしまっている時も、


その人にとってはそれが今の自分であり、異常なのは自分ではなく、自分の身の回りが異常だと判断して


しまうのです。少しでも介護が楽になればと必死になって、あ~でもない、こ~でもないと否定しても無駄なのです。



そして話は元に戻りますが、私の母は家族全員に女優になりきりなさいと言いました。


もし、私を見て爺ちゃんが母ちゃんと見間違えて話しかけてくるのなら、お前は母ちゃんになりきりなさい。


もし、ヘルパーさんや看護師さんだと思われたら、ヘルパさんーや看護師さんになりきりなさい。


お前は誰だ?知らない奴は入ってくるな!と怒鳴られたら、初めましてと挨拶をしなさい。


ご飯を食べたのに食べていないと言うのなら、夕飯の出来る時間まで、少しこれでも摘まんでて下さいと


お茶菓子や果物でも出しなさい。


家にいて病院だと勘違いして家に帰ると言い出したなら、一歩外に散歩に連れ出し、家に連れて帰りなさい。


そして常に笑顔で接しなさいと。



正直、全部言うとおりに聞くのは大変な苦労です。


祖父の場合、母のことと私の事は認識していたので、私自身はそんなに女優になる事はなかったものの、


それでも不穏な状態になると、「 お前は誰だ!何でここにいるんだ!」となった事もあります。


思わず 「 母ちゃんの娘。」と言ってしまった事がありますが、「 何言ってんだ、〇〇〇はまだ独身だ!」と。


その言葉、あっ、失敗!と我に帰り、〇〇〇ちゃんの友達の〇〇です、初めましてと挨拶をする。



祖父の好きな音楽を流したり、一緒に歌を歌ったり、否定せず受け入れていくことで記憶が現代に戻って


来る事も多くなりました。図書館に行く!と言い出し、図書館へ行った事もあります。



今現在も仕事で認知症の方と毎日触れ合っていますが、釣りに行った、相撲を見に行った、宝塚に行ってきた


毎日のようにあっているのに、毎朝、初めましてと挨拶をするなんてのもザラです。


名前が思い出せないの・・・と不穏になっている時は、真正面に座って目の高さを合わせて笑顔で


「 どなたの名前が思い出せないのですか?」 と聞いてさしあげます。笑顔を見て思い出す事も多いんですよ。



認知症の介護は肉体的な疲労よりも、精神的な疲労の方が大きくなりますが、認知症の方に現代に


戻ってもらおう、正常になってもらおうと思うよりも、介護者が認知症の世界に一緒になって飛び込んであげた


方が楽になると思います。毎日しかめっ面で一日中何故?どうして?と思いながら過ごすよりも、


同じ時代にさかのぼって付き合ってあげていた方が、認知症である本人も苦痛なく楽しく穏やかに過ごせます。



認知症と向き合うのは本人よりもご家族の方が中心となりますが、だからこそ会話は相手に合わせてあげる。


私の祖父は最高で母が6歳頃までさかのぼった事もありますが、最期には母が結婚して子どもを出産した


時代まで戻ってくれました。介護を楽しくなんて無理と思う方もいるかもしれませんが、自分が変わり、


考え方や視点を代えるだけでも、ずっと楽になってくるものです。



てか、私の本業は女優ではないですけど、仕事で女優になる事は嫌いじゃなくむしろ好きです。


最近、ある患者さんの同級生になってますが、その患者さん、78歳の女性ですが恋話するんですよ。


何組の何とか君の事どう思う?なんて聞かれたりして・・・。何とか君ってかっこいいよね~と答えると


そうでしょ、そう思うでしょ! 私、告白しようか悩んでて・・・って。話をしている私もドキドキしてしまうほど


何か初々しくて、きっと恋多き女性だったんだな~と想像出来ます。



他の患者さんだと孫に思われているので部屋に入ると、「 あら、一人で来たの?婆ちゃん会いたかったよ。」と


言われます。「 バスで来たよ。」 と言うと 「 偉いねぇ、お姉ちゃんになったねぇ。」と頭をなでなで。


女優になることで、患者さんがその日一日ニコヤカに過ごす事が出来るのであれば、いくらでも女優になります。

患者さんにとってはタイムトリップしていても、目の前で今起こっている事は現実として見えているのですから


否定はしません。



お昼御飯を食べ終わり、食器を片づけたところで、「 お腹すいたな、飯はまだかな?」 と言われたら、


「 お腹すきましたねぇ~、ご飯来るまでお茶でも飲んで待ってましょうか?」 とお茶をさし出す。


認知症は悲しい病気だと思わないで欲しいです。と言うかそれは本人ではなく介護者の思いですが、


悲しい病気と言われるからこそ、明るく向き合えるよう、是非女優となりきって接してみてください。


では、おやすみなさいませ。