リアル現状 | モモまんあい『アンダンテ草子』

モモまんあい『アンダンテ草子』

アラカン主婦「モモまんあい」 自閉症娘の終わりのない子育てに翻弄されつつ、ピアノと読書を楽しむ
『日々のアンダンテ草子』

2012年2月から
「心療内科クリニック」に通院していて
今でも「抑うつ状態」という診断で
カウンセリングと投薬治療受けてますけど〜〜

2010年までは
充実した日々を過ごしていたんだよ。

好きなこと仕事にできて
やりがいもあって
二女は障害児だけど
療育とかも通って
福祉活動とか積極的にして

まあ幸せ100%ではないけれど
不幸だなんて思ってなかった。

でも
2011年
乳がんになって
2012年
父が急逝して
全てがひっくり返った。

娘時代から好かん家業を継がなきゃいけなくて
好きだった仕事辞めざるを得なくて
すぐ母も亡くなって
家業のこと
特に経理、誰も教えてくれる人いなくて
訳分からない中
親会社からの納期やノルマこなすのに必死で
単価も請求書もどうしていいか分からなくて
でも生活していかなきゃいけなくて

その上
障害児の娘も思春期になってきて荒れてきて
人をバンバン叩く他害パニック多くなって
さらに
乳がん治療で、女性ホルモン、薬で止められて
一気に更年期症状に襲われて

それで
乳がんのドクターから
「心療内科」のドクター紹介されたの。


「うつが治るって本」とか
「自己啓発の本」とかもいっぱい買ったよ。
でも
少し読んだら
どれも私には当てはまらないってわかって
下手すりゃ“真逆なこと”しか書いてなくて
どれも参考にならなかった。

だって
好きだった事、仕事、奪われて
子育ても上手くいかなくなって
病気して、その治療もあって
「うつ症状」になったんだし。
「うつのきっかけ」が
自分の身体で
自分の家業で
自分の娘 という中で
“そこからどうやって離れて休息しろ”と言うの?
好きなこと奪われてるのに
“好きなことするのが一番”って言われてどうするの⁉️

「心療内科」のDr.Mだけが頼りで
今日まで無事に過ごせてきてる。

それから
前の仕事以外に
今の自分にでも出来そうなことは何?
って探してみて
2015年
ピアノレッスン受け始めたことも
私を
少し救ってくれたかな。

今では
Dr.Mとピアノに支えられている。


「人生 理不尽 当たり前」

特に
クラシックピアノの作曲家って
すごく理不尽な人生を生きた人ばかりなんだよね。
ベートーヴェンしかり
シューベルトしかり
モーツァルトも
シューマンも
ショパンだって
マーラーだって〜〜
挙げたらキリがない。

そう思うと
私の「理不尽」なんて〜軽いもんだ。


「人生 理不尽 当たり前」


好かん家業は
薬で💊ココロ殺して
その日にやることだけやっていく。
仕事終わったら
ピアノ弾いて
ココロ取り戻す。

それで良いやん。

身体さえ殺さなければ
命さえ保てば
それでいい。



「うつ」になって
治療を受けてきたこの7年の間に
いろいろやらかして
一つはっきり気がついたことがある。

「命がくっついている身体は
自分のモノじゃない」

ってこと。

「命がくっついている身体」は
私を知っている人たち全ての方々のものなんだ。
私のモノじゃない。

私が「命」を亡くせば
私を知ってくださっている方々に
大なり小なりの衝撃と悲しみをもたらしてしまうことになる。
まあ私がいなくなっても
何も感じない人も多い
かもしれないけどね。

でも
1人でもいるのならば
1人でも
大いなる悲しみを背負わせてしまうのならば
それは「大きな罪」だよね。

Dr.Mに泣かれたのは衝撃だった。
私がODした時
「モモさんを元気にしようと思って出している薬なのに、ODされたら、私はどうしたらいいか、わからなくなる‼️」ってね。

だから
身体を痛めつけるのは辞めた。

Dr.Mの処方通りの💊でココロだけ殺すことにして
嫌なことは乗り切ることにした。


それから
ピアノ弾きながら
その曲を作った人の人生の
「理不尽さや無念さ、絶望、諦観」にも
ココロを向けて
少しでも感じ取れるように
ピアノの演奏にも
少しでも反映できるようになれたらいいな〜
と思って練習してる。


「人生 理不尽 当たり前」

これが私の人生なんだから仕方ない。


花が
「置かれた場所で(なーんにも文句言わず)咲く」ように。