西武ライオンズタイムマシーン(第94回):1991年 笘篠誠治 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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1979年~2008年までの西武ライオンズを中心にプレイバック!
古き良き、そして青き「ライオンズブルー」の懐かしの選手や、思い出の名場面などを私が所有している当時の野球カードや記事などを紹介しながら振り返っていきます!

【1991年の笘篠誠治】
西武在籍:9年目、背番号4
成績:81試合、41安打、打率.277、本塁打1、打点16、盗塁6

 

1991年も対左投手時の先発出場や右の代打の切り札、試合終盤の守備固め、代走要員としてチームを支えた。

近鉄には、相性が良く52打数17安打で打率は.327と大当たり。

6月15日、16日に2日続けての猛打賞。

8月22日は同点の7回表二死満塁の場面で、決勝打となる中前2点タイムリーを放つなど、この年優勝を争ったライバル相手に活躍が目立った。

 

1991年 タカラプロ野球カード

 

BBM1991年 No.153

 

BBM1991年日本シリーズ No.S15

日本シリーズでは、5試合に出場するも打撃では9打数ノーヒットと振るわなかった。

 

※直筆サインは、いずれもご本人に書いて頂きました。

 

笘篠誠治
西武在籍期間:1983 - 1997年(15年)
西武通算成績:884試合、381安打、打率.256、本塁打18、打点121、盗塁90

 

1982年ドラフト会議で西武から2位指名されて入団。
1985年にアメリカマイナー1Aに野球留学。
1994年からは内野手登録から外野手登録に変更。
1996年オフにFA宣言して西武に残留。
1997年限りで現役引退。
西武では引退後の1998年から二軍、2000年から2007年まで一軍守備走塁コーチを務めた。