西武ライオンズタイムマシーン(第83回):1991年 安部理 | はっきりいってライオンズびいきでした。~西武ライオンズの記憶~

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【1991年の安部理】
西武在籍:11年目、背番号25
成績:43試合、12安打、打率.190、本塁打3、打点9、盗塁1


1991年は、主に対右投手時の先発出場や、左の代打の切り札要員として出場した。

5月5日の近鉄戦では、8回裏に劇的な代打逆転2ランを放った。

近鉄との優勝争いが激化した、9月23日の直接対決では、3点ビハインドの5回裏に安部が本塁打を放ち反撃を開始。その後チームは勝ちに等しい引き分けに持ち込んだ。

打率こそ1割台と低迷したが、勝負強い打撃で度々貴重な一打を放った。


1991年 タカラプロ野球カード

 

BBM1991年 No.17

 

BBM1991年日本シリーズ No.S27

日本シリーズでは、第4戦8回二死満塁の場面で、それまでチームは広島・佐々岡の前に一安打に抑え込まれていたが、安部が走者一掃の左中間二塁打を打った。

 

安部理
西武在籍期間:1981 - 1996年(16年)
西武通算成績:646試合、365安打、打率.255、本塁打35、打点180、盗塁13

 

1980年度ドラフト会議で、西武から4位指名を受けて入団。
1983年にアメリカマイナーリーグのサンノゼ・ビーズへ野球留学。
1996年オフに戦力外通告を受け、近鉄のテストを受けて入団。
1999年限りで現役引退。
引退後、西武では2012年から2013年に一軍打撃コーチを努めた。