一つ20円の安い紅茶袋を湯呑に入れ、しょうがをすりおろしては茶こしで絞り、砂糖とともに熱い湯を注ぐ。それがわたしの何十年と変わらぬやりかただ。
おとずれる者もない部屋でわたしは老いてゆく。わずかに青春と呼べるのものがあったとすれば、東南アジアから中東へと流れて行った、旅の日々の記憶の中だけであったろう。
「やめなよ、そんなつまらねえ話」2か月前から同居しているバヌワリが言った。
「そんなことより、あんた、どうしてくれるんだ。おれはな、へびつかいの仕事がごまんとあるってんで、この国に来たんだ。だが、なんてこった、みんな不景気な面しやがって、へびなんか、何の興味もないんだとよ」
わたしはこの男の相手をするのがうっとうしくなったので話をそらせるために言った。
「バヌワリ、カムラはどうしてる?」
わたしはバヌワリの義理の娘の消息を聞いた。ヒンディー語で心地よい部屋、を意味する名を持ったこの娘に、惚れたことがある。もうずいぶんと昔、バックパッカーとして砂漠の街を訪ねたころの話だ。
「カムラ、、、」
バヌワリは幾分苦しげに顔をゆがめた。
「そんなこと聞いてどうするんだ、あんた今になって、とことん、汚い男だよ」
「汚い?この私がか」
「そうだ、あんたが毎年あの娘におくった時計やら首飾りのせいで、あいつはあたまがおかしくなっちまったんだ。あんなことはやるべきじゃあなかった、あれがいったいインドでどれくらいの価値があると思ってるんだ」
「で、いまカムラはどうしてるんだ」
「「知らないね。若くて器量よしの女が、突然カネに目がくらみ始めたら、行先は目に見えてるだろうよ。そんなに知りてえんなら、、、」
とバヌワリは妙な笑いを浮かべた。
「自分で確かめてみるんだな。ダイヤモンドバザールに行ってよ」
暖房が静かな機械音を持続していた。
「やめんかいこんな暖房。なんでもかんでも、機械だ、科学だ、システム設計だ、そうやって、あんたはごつごつした現実から逃げまわっでんだ、外でもうちでも寒いもんなんだよお、この季節はインドでもな」といってバヌワリは暖房を叩き壊した。
「女を見世物にして消費するだけの文明は、そろそろガタがきている。そうは思わないか」最近イスラム教徒になった源田真一が口を挟んだ。
「あわれみの一つもあっていいだろう。西アジアからやってきた異国の密売人と、芸能界のタブーに踏み込んだために追放され口封じのために消されようとしてる女の出会い。一片の哀しいロマンを感じることすらできない、文学的感性の完璧な欠如、これが日本のマスコミをひたすらみにくく下賤なものにしている」
源田は最近覚せい剤購入の疑いで逮捕された女の事件が気になっているようだった。
「持田光義さんですね、入国管理局のものですが」慇懃だが感情のない電話の声に、わたしはまた何かに巻き込まれる予感を感じて、かすかに震 えた。 おわり
番外
芸能界のタブーに振れたため口封じのために消されようとしている、と書かれている女性タレントは、逮捕するほどの証拠なし、として釈放された。罪人扱いした新聞や雑誌やテレビは、あのときはどうもすみませんでした、と頭くらい下げるべきだろう。土下座、というのはこういう時になされるべきふるまいであろう。しかし、そんなことはなされないだろう。これぞ救いがたい社会の病巣である。かつてマスコミ産業への就職を目指した者として、こみあげる不快と嫌悪を抑えるのは難しい。