こんばんは。

 

 

当ブログにお越しいただきありがとうございます。

 

 

ナカヤ カズヒロと申します。

 

 

現在、大阪にて易占業を営みつつ、タオと陰陽五行の研究に親しんでおります。

 

 

どうぞよろしくお願いします。

 

 

 

 

 

今日は天命と使命の違いについてお話しします。

 

 

 

 

天命は、生まれてから死ぬまでの間に与えられた役割です。

 

 

例えば、生まれる前に、「あなたのもとにはお金に困っている人がたくさん来るから、何人も救い上げなさい」と言われてきた、というようなものが天命です。

 

 

本人は嫌かもしれませんが、天命だから仕方がないわけです。

 

 

お医者さんであれば、「何千という命を救いなさい」という天命を持って生まれてきたという人もいるでしょう。

 

 

ちなみに私が天命について考える時に思い出すのが「クラウドアトラス」という映画です。

 

 

これは、運命や天命を考えさせてくれるような作品で、いろんな時代のいろんな人たちが生きて、その結果こういうことが起こっている、ということがわかります。

 

 

物語の中で描かれる、時代を超えた登場人物たちの繋がりを通して、ご自身の中でなにかしら気付きがおこるかもしれません。

 

 

もしよかったら見てみてくださいね。

 

 

 

また、使命は天命と似ていますが、天命よりサイズ感が小さいです。

 

 

天命を全うするために使命を全うする、もしくは使命を全うしたら天命を全うしていた、というような感じでしょうか。

 

 

料理人の場合だと、メニューをちゃんと理解して料理を作ることだったり、笑顔を見せるように美味しいものを作ったりするというのが、料理人の使命です(この二つに限りません)。

 

 

役割がはっきりしているという点においては、天命よりも使命の方が分かりやすいですね。

 

 

というのは、天命は使命と違って、やっている最中は気付きにくく、あとになってから分かるパターンが多いようなのです。

 

 

例えば、ひとつの仕事をずっと続けていて、ふと振り返った時に「これって自分に与えられた役割なのかな」と思うようなことが天命です。

 

 

「人を救うこと」が天命の人は、「こんな天命は嫌だ」と思って他のことを選んだとしても、結局は人を救わないといけなくなります。

 

 

つまり、会社勤めをしても、出家しても天命は同じということなのです。

 

 

例えば仕事が忙しくて嫌になって出家したのに、今度はそのお寺を盛り上げるために忙しくなった、というようなことです。


都会の喧噪を忘れて暮らしたくて田舎に引越ししたのに、結局いつもバタバタ騒がしくあくせく働いているとか、

環境が変わっても、自分自身のまるで決められたかのようなできごと、止められない止まらないかっぱえびせん的なものが天命です。

 

 

どんなことを選んだとしても、同じような体験をしなければいけないのが天命であり、逃れられないのです。

 

 

天命は、因縁的なものですので、自分の人生における役割を、いい意味で諦めるための言葉とでも言えます。

 

 

 

大変なことがあっても、「自分に与えられた役割、これも天命か」とすることで、割り切るのです。

 

 

通常「天命」という言葉は、「わしが天下を取るのは天命なり!(武将風)」と、迷いを晴らすために使うのでしょうが、私の場合はどちらかと言えば控えめな感じで、怠け者的な天命感と言えるかもしれません笑。

 

 

深刻になって天命を生きようとするよりも、天命を生きつつも人生を楽しむ心の余裕を持ちたいものですね。

 

 

 

 

ということで、今日は天命と使命の違いについてお話しさせていただきました。

 

 

「何故どこに行っても同じようなことをやる羽目になるのだろう?」と感じる時は、これが自分のの天命と考えてみてはいかがでしょうか。

 

 

そのような視点でご自身の生き方を振り返ってみると、何かしら気付きがあるかもしれませんね。

 

 

 

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本日も最後までお読みいただきありがとうございました。

 

 

また明日お会いしましょう。