ロンドンのVictoria・コーチステーションからバスに乗り、

到着予定時間通りにBradfordに着きました。

 

10年以上ぶりに会う友達が、変わらない笑顔で迎えてくれました。

 

そこからバスで約20分の友達の家に向かいました。

大都会ロンドンとは打って変わって、長閑な田園風景。

 

色々な文化が交じり合いながらも、英国気質が残るロンドンを練り歩くのは

楽しかったのですが、東京生まれで東京育ちの私には、ちょっと物足りない、

というか、数日で飽きて疲れてしまうので、やはり田園風景を目にすると、

新鮮でありながら、ほっとします。

 

次の日は、友達と電車に一時間ほど乗って、ヨークに観光にでかけました。

 

すでにコロナの影響で環境客(特に中国人)が減ってはいたので、静かにのんびりと

散歩を楽しむことができました。

この時期は黄色い水仙が見ごろで、あちらこちらで咲き乱れていました。

 

ヨーロッパのお花屋さんは、お花の種類も色も豊富で、神事に使う以外種類の
少ないインドとは大違いで、見ているだけで心が豊かになります。

 

観光客に有名なカフェでお茶をし、街中を歩き回り、ヨーク観光を終えました。

 

アメリカのニューヨークとは結び付かない、中世の面影が強く残る、

こじんまりとした中にも威厳を感じる美しい街でした。

 

友達の家にお世話になっている間は、友達とポーランド人の友達の旦那様の作る
美味しいご飯にワイン、ビールを毎日いただき、静かでゆっくりとした時間を
過ごすことができました。

ロンドンを出る前に、インド政府から、

「4月15日までは、特別なビザ以外は失効のまま」

という情報が送られてきたので、仕方なくムンバイに帰るチケットをキャンセル。

 

そんな話をしているときに、まだコロナ問題が深刻ではなかったフランスの友達に、

「じゃあ、フランスにおいでよ!」

なんて言われたので、

「いいの??じゃあ、せっかくだから。」

と、パリまでのフライトを予約した数日後、フランスにもついに渡航制限警告が・・・。

 

というわけで、またキャンセル・・・。

 

「もうおとなしく日本に帰るしかないかー。」

そうあきらめ、友達に相談しながらマンチェスターから東京までのチケットを探し始めた時、

友達が、

「イスタンブール経由がいいんじゃない?値段も手ごろだし、乗り継ぎの中間地点にも

ちょうどいいし。なんならしばらくイスタンブールに滞在したら?」

と、提案。

 

「おー、それいいね!イスタンブールにトルコ人の友達何人もいるし!」

その時点では、トルコではコロナの話が出ておらず、トルコの友達に聞いても、

「トルコは安全だから、おいでよ!いつまでもいていいよー。」

なんて、言われたもので、早速マンチェスターからイスタンブール、イスタンブールから東京までの

マルチプルでチケットを購入。値段も8万円弱と悪くありませんでした。

 

「今日本に帰ってもコロナで大変だし、インドにもいつ帰れるかわからないし、とりあえず

イスタンブールで、美味しいものでも食べながら2週間くらいのんびりするか。」

と、気楽に構えていたところに、イギリス出発間際にコロナの魔の手がトルコにも・・・・。

 

「コロナ感染者1人確認」からのトルコの対応の速さといったら!

前の日までは全く問題なかったのに、そのニュースの次の日にはすでに、在宅勤務、商業施設等の

閉鎖がトルコでも始まってしまいました・・・。

 

「これはやはり大人しく日本にまっすぐ帰った方がいいかも・・・。」

と迷いながら、出発前日に友達の家の近くの駅からマンチェスター空港までの列車のチケットを

買う手続きをオンラインでしていました。

が、なぜか私のクレジットカードが拒否されてしまうのです。

 

飛行機のチケットを何枚も買っているし、なんだかんだとカードを使っていたので、

「また限度額の設定低くしたままで来ちゃったからかなー?」

イギリスは今、街中の商店、レストラン、カフェ(カード払いのみところすら多数有り)、バスや
列車に乗るでも、何でもカード払い。しかも、特に市街でのバスや列車の利用の際には、事前に

スマートフォンにアプリをインストールして、カードや個人情報を入力設定して、支払いをすませて
おく必要があります。しかも、列車のチケットは、カード名義の本人が購入、チケット受け取りを
する必要があります。

 

私の使うヨーロッパで使えるSIMカードで電話がかけられる、ヨーロッパ向けのカード会社の
電話番号をやっと見つけて問い合わせたところ、「担当者が来るのが日本時間の明日の朝11時
くらいになるので、その時間帯でよければ現状を確認し、こちらからかけなおします。」

との返答。その時点で、イギリスでは出発前日の夕方。日本時間の次の日の朝の11時となると、

イギリスでは真夜中の1時半。しかも、マンチェスター空港に朝の8時には着くには朝の6時前の列車に

乗らなくてはいけないため、最後の夜は友達の家の近くのホテルに滞在していました。

 

万が一電話が繋がらなかったら??カードが使えないままだったら??

と、考えると不安の嵐。

 

とりあえず、列車のチケットを友達がオンラインで購入し、旦那様も巻き込み、最後の夕ご飯の後、

車で近くの大きな駅までチケットを手に入れに行ってくれました。

現金で20ポンドは持っていたので、ホテルから駅まで現金払いでタクシー+列車で、

これでどうにかどうにか空港までは行けそうです!

 

失敗は許されせんが・・・。

ヨークの帰りに立ち寄った、Leedsではこんな虹が見られました。

なんとなくご利益ありそうです。

 

(その3に続く)

 

 

「イギリスに行く!」

と、決めたのが2月の終わり。

 

その時にはすでに ”コロナウィルス” は中国から東南アジア、韓国、日本では問題には

なっていましたが、まだインドやヨーロッパで深刻な問題とはなってはおらず、ニュースや

話題にはなるものの、まだまだインドでは ”遠い国での話” という意識でした。

 

会社や周りの友人たちにも、

「楽しんでおいでね!」

と見送られ、何の問題も無くロンドンに着いたのが3月3日。

 

私にとって、初めて行った外国であり、それから20年ぶりに訪れたイギリス、ロンドン。

 

クラッシックな建物が残る街並みに、不釣り合いな近代的な高層ビルが増えているのが

残念な気もしましたが、基本的に規制があるため高い建物は少なく、空が広くて開放的でした。

 

1年ぶりのヨーロッパ。インドとは大違いの歩きやすさと清潔さだけでも感動を覚えました。

 

大好きなギネス、クラフトビール、鮮やかな食材や食欲をそそる各国料理、種類が豊富な
チーズやパンが売られるお店が立ち並ぶバラ・マーケット、ロンドン・アイ、大聖堂等の
観光名所を歩き回り、ロンドンを満喫しました。

 

久し振りに種類豊富なキノコを見て、テンションがあがりました。

そして、その目の前で作られ売られていた、食欲をそそる香りを放つキノコリゾットを
並んでゲット。美味しかった!

 

一日では回り切れない、莫大な数の展示物を持つ美術館(しかも無料、寄付制)が多数あり、

美術館巡りだけでもロンドンで数日過ごせそうでした。

 

が、実はそんなロンドン満喫の前になんともショッキングなメールが届いたのです・・・。

 

それは、

「現在インドに滞在をしていない日本人が保持する、全てのインド入国・滞在・就労のため
 のビザを無効にする」

とのインド政府からの発表を伝える、インドの日本領事館からのメールが届いたのが滞在
2日目の3月4日。

 

イギリスに2週間滞在の後、インドに戻るつもりでいた私。

ムンバイとロンドンの往復チケットで来ているのはもちろん、荷物、貴重品は全てプネの
フラットに置きっぱなし。

 

「嘘でしょう??」

しかありませんでした。

 

早速ロンドンのインド大使館に電話をかけて問い合わせをしてみても、そんなインド政府の
決定の直後とあって伝達が正確にいきわたっていないのか、対応した人の勝手な判断なのか、
状況を聞いても、

「今インドにいるすべての日本人のビザも無効となり、日本人は全てインドを出ないといけなくなる」

なんて、とんでもない返答。
(結局その時点でインドに入国していない人のビザが一時無効、となりました。)

 

そして、同時にイタリア、イランでの感染者が多数出たニュースまでも耳に入ってきました。

 

もちろん焦りましたが、基本的に楽天的な私。
来てしまった以上、ジタバタしてもしょうがない。

「まあ、最悪日本に帰れないはずはないし、どうにかなるだろう。」

と、とりあえずロンドンにいる数日は、日々変わる情報をチェックしながらも、開き直ってロンドン
を楽しむことにしました。

 

その時点では、イギリス国内での新型コロナ・ウイルスの問題は大きく取り上げられておらず、

いつもより観光客は少なかったとはいえ、街中の全てのお店や商業施設、パブやレストラン、
美術館、全て普通に営業中で賑わっていました。

 

その時にはもう遅かったのか、その後の感染の広がりのスピードが速かったのか、私には断定
できませんが、とにかく問題なくロンドン滞在を終えることができたことを感謝するしかありません。

 

ロンドンで1週間過ごした後は、10年以上会っていなかった友達に会いに、ロンドンからバスで
Bradfordに向かいました。

 

そして、そこではまた新たなハプニングが・・・。

 

(その2に続く)

 

 

 

日本から離れた地で長期滞在する際に、私が日本から必ず持っていく日本製品の中に、

「和紙」があります。

 

どこにいても、ハンドメイドの紙又は紙製品に目の無い私。
その中でもやはり「和紙」は、品質、色、デザイン全てに於いて格別です。

 

和紙の中でもお気に入りなのが、ヨーロッパ調と言える垢抜けたデザインと鮮やかな
色模様が美しい「八尾の和紙」と、出雲の手漉き和紙、日本橋の「小津和紙」の和紙。


もちろん、ここインドにも持って来ています。

グリーティング・カードや箱を作ったりと、変わらず物づくりに愛用しています。

 

プネにも一件、ハンドメイドの紙屋さんがあり、時々足を運びます。

無地の物が多いのですが、色や紙の種類は豊富で、便箋やグリーティング・カード、

ランプシェード等の素敵な製品も多く、行くといつも心が弾みます。

 


(この紫の紙は、プネで作られたハンドメイド・ペーパーです。)

 

「ブロックプリントの練習をする!」

と、心に決めていたものの、仕事や遊びの予定で、なかなか行動に移せないまま時が過ぎています。

 

やっと色々な事が落ち着いてきた数日前から、「刺繍、裁縫、料理以外で何か作りたいなー」と
思いながらも、何を作りたいのか定まらず、インターネットサーフィンをしていた今日の朝。

 

「絵か版画がいいな」、と考えていたところにふと閃いたのが、「切り絵」でした。

そして、目に入ったのが、買ってからしばらく放置されていた木製ブロック。

 

そこから私の、「インドのデザイン&和紙で切り絵」のアイデアが膨らみました。

 

まず、前に試しにインディゴで作った染料をつけて押してみたものの、綺麗に
移らなかった紙を利用し、下絵を描きました。

 

切り絵に一般的に使われるカーボン紙なんてものはないので、とりあえず下絵を
切り抜いて型作りから。なんとなく、彫っている気になりました。

 

型紙を抜き終えたら、ひたすら型どおりにカッターと鋏を使って和紙を切りぬく、
地道な細かい作業。素人の雑なやり方とはいえ、ちょっと職人気分。

 

”黒” という色の効果で、離れてみると線がしまって見え、それなりな感じ。

ここから、色のある和紙を貼っていきます。

 

何色にするか迷ったのですが、ピンク系の和紙をあしらうことにしました。

 

あんまり切れないカッターを使ったのと、持ち前の雑さで、繊細な線は出せません
でしたが、見栄えは悪くないかなと。

 

高校時代の美術の選択授業での版画製作を思い出しました。
もしかしたら私は、ブロックプリントを押すよりも、ブロックそのものを作り、

私の好きな色をのせて作品を作るほうが好きかもしれない・・・。

 

ますますやりたいこと、作りたいことが広がります!

 

これからインドのデザインと日本のテイストを合わせ、色々試していこうと思います。

 

とりあえず、次は傘で切り絵作り。