エジプトです。
例えばこんな風に一日が過ぎていきます。

流れ星 流れ星 流れ星

夜明け、なんだか変な鳥の鳴き声が窓のすぐ外でしてて目が覚める。
まるで英語を話しているような、人間の声みたいな鳥だ。
と、思いながらうとうとしていると、アザーンが地をはうように低くうなり始める。
ここマァディの近くのムアッズィンは華美を排したストイックなアザーンだ。朗々と歌いあげることも、マカームの精緻な美しさを追求することもせず、まるで経文のような調子。その響きはまるで、遠くで鳴っている火事のサイレンのようにも聞こえる。
この地を這う感じが、暑い一日のムードと、これまたものすごく合う。
相乗効果で陽炎が目に浮かぶような、もはや暑さから逃げ場のない気分になる。

再び目を覚ますと、家主は昨日の夜言っていた通り出かけようとしているらしい。
サンダルを靴に履き替えた足音になって、ドアが開いて閉まり、足音が遠のいていく。
それを聞きながら、今日はさらに寝坊することにする。
金曜日だから、私も休日をすこしお裾分けしてもらう事にする。

8時になって、いちど起きて、オレンジの今日のノルマの分をしぼってジュースを飲む。
キロ買いするので(それでも0.5キロにしてもらったんだけど、ノスって言ったら売ってたおっちゃん、おいおい、半分にしたら2ギニーちょいにしかならねぇよ、オーマイガーってな感じだった)
かなり計画的に消費していかないと、余ってもこまるし、足りなくなってちょっとだけ買うという事もできない。短期滞在のつまんないところだ。
朝のうちはそれでも風が吹くとなかなか気持ちがよくて、ジュースを飲み終えてまた、うとうと。それでも、家主が留守の間にのんびりシャワーを浴びようと思っていたのを思い出して、浴室へ。
シャワーを浴びて、作り置きしてあるレモネードを飲んでまた、うとうと。(買い物事情で色々不足するとよくないので、中東一人自炊生活のときはたいていこれを作り置きしている)
今日は夜遅くにレッスンなので、本当はもう少し寝ていてもよかったかなー、と思いながら、だらだら過ごす。

はっと目が覚めると、久しぶりに朝風呂なんてしたせいか、猛然と空腹。
このところ、朝も昼も果物やヨーグルト程度であんまりおなか減らなかったのだが、今日はなんだかもりもり食べたい感じ。
家主の保温しているご飯に胡椒、オリーブオイル、醤油、そしてこの前まで止まっていた友人(家主は彼女の上司にあたる)が持たせてくれた(本当はパーティーに出そうとしていたのに忘れてしまったという)レッドキャビア、つまりイクラ、をトッピングして、わしわしと食べる。いい加減な飯だけど、ウマい。久しぶりに朝ご飯食べちゃった。

 洗物を片付けて、お茶を入れて、10時過ぎ。だらだら練習開始。
昨日の夜、また久しぶりに喉が痛くなっていて、なんだか体が休息を求めている感じなんだなぁ…と思ってふと気がつくと、エジプトに来てからまだ一日も「休息日」をとっていないではないか。
曜日の感覚もないし、移動も多いし、生活も買い物もあるし、気がつくともう半分以上過ぎちゃってるし。ま、体がだらだらしたくても無理ないわな、と思いながら、引き続きだらだら練習。

昼になって、いつも通り(というか、これもノルマだ)プラムとヨーグルトと蜂蜜、それにちびレモン(香りが強くてライムに近い風味)をしぼってフルーツサラダにして食べる。
あったかいお茶を飲みながら、まただらだら練習。

この前から一人でレッスンに行っているので、どうも先生が出した課題が今ひとつはっきりしない。
後から来た(すこーし英語を話す)ウード弾きが、通訳してくれたところによると、「練習を頑張らないと行けない。というのも、次から新しい曲をやるからだ」と言う事なんだが、それは、いままでやっていた曲をもう一回レッスンして、次に進むので今までやっていた曲をしっかりし上げろ、という意味なのか、それとも次やる曲をしっかり予習してこい、という意味なのか。

…ということを英語で説明して、理解してもらって、それをアンミーヤで先生に聞いてもらって…というのは、色々無理なので、「はい」と返事をして帰ってきたんだけど。

というわけで、よくわからないので、両方を頑張る事になるので、大変さも倍。
やってもやっても終わらない。

だらだら時間が過ぎていく。

途中、エジ在住の友人に電話。
もっとさっさと電話するべきなのだが、
一週目は落ち着くのと怒濤のレッスン(突然呼び出されたり、いろいろ不定期だった)攻撃で撃沈、
今週は移動と新しい場所に落ち着いてペースを作り直すので撃沈して結局会うべき人に半分も会えていない。
今日のレッスンが終わったらとりあえず明日はオフ日という事にしよう、と決めて、明日会う約束をする。オフ日ときめると、じゃぁあの人にも会いたい、あの人にも電話しないと、と思うのだが、ただでさえ不慣れな異国の地で、一日でそんなにいろいろ会えるもんなのかどうかもわからない。
というか、エジについてほとんど電話していないのに、もうチャージが切れてかけられなくなった。いったいどういう料金システムやねん。しきりにメッセージはくるが、アラビア語なんでわからんつうの。ということで、電話が不通。

…ま、いいか。明日になってまた連絡してみようっと。

こうやってインシャーアッラーな性格が培われていくに違いない。

ずっと同じ姿勢でだらだらと弾いていたせいで、肩甲骨がぎしぎししてきた。
練習中考えているのは、レッスンの課題についての考察6割、後の4割は今日のご飯の計画。
そうやってぼんやり頭のすみで消費しないといけない野菜の組み合わせなどを考えていると、メニューが天から降ってくるのである。
ふと野菜がもりもり食べたい、そしてスープがのみたい、という衝動がメラメラとわいてきたので、
猛然と料理に取りかかる。

家主の食在庫からタマネギとにんじんとジャガイモをいただき、そこに消費ノルマの一つであるピーマンを加えて、全部千切りにし、少しの油で炒めたところに水を入れて、本当はコンソメで味を付けると無難なんだろうけれど、さすがにこの手も使い果たして飽きてきたので、ストイックに塩味だけにしてみる。出来上がった頃には汗だく。そして、熱いスープを食べたらさらに汗だく。
ぐったりしてしばらく休憩。

そうしているうちに家主が帰宅。
そしてまた出かけて、しばらくしてからまた帰ってきた。
今日は家主も休日なので、休みをエンジョイしている模様。
二度目の外出は床屋だったそうな。

また練習再開。
そろそろもう一曲のほうに取りかかっておかないとイカン。
しかし、先生がくれた楽譜は、先生が演奏している音源と決定的に違う音がいくつかある。先生自身は楽譜を読まない人なので、おそらく弟子が書いているんだろうということはわかっている。
これは今日先生の演奏聞かないとどっちかわからんなー…と思いながら一応二通り音をさらう。
とにかくこの音の配置が、ひじょーに難しいのが一つの課題なのだが、その音がさらにどっちかわからないということは、難しさも倍増ではないか。

そうこうしているうちに夕方。
家主は食事の時間。野菜スープを作ったので、よかったら召し上がってください、と勧める。
私の食事はたいていが「シノギ」的食事なので、人に勧められたものじゃぁないんだけど、野菜不足の解消には役に立つに違いない。と前向きに考えて勧める。
今日は夜遅く外出して、いつもみたいにお互いの食事がおわったら一緒にスイカを食べるということもないので、私もレモネードを飲みながら家主と会話を楽しむ。

ここエジプトにいて今回痛感したのは、「神を忘れた国、日本」ということだ。

そんな難しい話をしていると、あっという間に出かける時間になった。19時半過ぎ、外は夕闇。
早めに出て、エティサラットのヘッドオフィスに行ってチャージしてすぐ使えるようにしてもらわんと。しかし、ヘッドオフィスは駅の近くのどこだったかなー…
あ、あったあった。

エティサラットのヘッドオフィスはすばらしい。インターネット用のUSB、去年のが使えなくなっていて、チャージのせいかと思ってチャージカードを買ってみたら(通常こういうのはそこいらの売店などで売ってます)、チャージができたものの、相変わらず使えない、という状況で、友人は、もしかしたらそのチャージの100ギニーはパァかもよ、と言っていたのだが、ヘッドオフィスに行けば一発、まずチャージを取り消してくれて、USBを使えるようにしてくれて、たったの15ギニー。というわけで、何かあったらできるだけヘッドオフィスに行くのが望ましいと言う事がわかった。店員も(エジプト人じゃないんじゃないかと思うくらい・失敬)もの静かで優しく、丁寧だし、英語ができる人も必ず配置している。電話のチャージもパソコンでチャチャッと。
予定外に早くすんでしまったが、すぐ駅なので、先生の家に向かって出発。

先生のお家は、マァディからだと駅を10以上も乗っていかないと行けない。遠いのだ。
それでもさすがに早く着きすぎて、普通15分程度の道を、だらだら25分くらいで歩いていった。
それでも先生はまだ夜のお祈りから帰ってきていなくて、奥さんが「タファッダル」と迎え入れてくれる。
明るくて元気のよい奥さんで、しかしながら英語は話さない。
私がアラビア語をどの程度理解しているのかという心配をみじんもする気配がなく、安心しきってアラビア語で話しかけてくる。もうこうなったらヤマカン合戦だ。

ん、なになに、ああ、このまえみたいにPCつなげて先生の動画見せてくれるのね。
あ、コンセント入れて。スピーカーもつないで。
これがきれいな曲だから、って言ってる気がするな。はい、クリッククリック。
なに、カビーラ?ああ、画面を大きくしろって言うのね。
あ、お菓子、ありがとうございます。(かならず壷に入ったチョコなどをすすめてくれるの。私の年をすごく勘違いしてるんじゃないといいけど…)

などと、ほとんどテレパシーのような状態で会話を受信しているうちに、先生が帰ってきた。
先生がタバコを一服して、二人でチャイを飲みながら録音を引き続き聞いていると、
毎回レッスンを見学にくる親子連れがやってきた。
というところで、レッスン開始。

おおー、いきなり新曲ですか。やっぱりこの前までの曲はもうよかったのねー…(実はこっちの方をたくさん練習していたんだけど)

という感じでレッスンが始まる。
今日は英語しゃべれる人もおらず、引き続きテレパシー受信機能で会話。

しかし、音がいい悪いや、もう一回、繰り返せ、頭から、とかそういうのは本能的に(だからいつまでたっても会話がダメなんだけど…)わかるものの、
音楽以外のところの細かいニュアンスがやはり、わからない。
一緒に弾き終わって「ガミール!」と言ったのは、私を褒めてるのか、それとも「きれいな曲だ」と言っているのか。
「頑張った」といっているのか、「もっと頑張れ」といっているのか。
もし先生が褒めているのだとすると、お世辞などみじんもない人なので、これを逃すのは非常にもったいない事な気がするのだが、
いつも半分は「?」がつきながら「…シュクラン…?(というべきところなの…か…?)」「ケティール…?(もっと頑張ってこい…って感じ?)」みたいな、半分尻上がりで歯切れの悪い返事しかできない。
しかし、「ヴァイオリンもさておき、エジプトの言葉も練習しないとな」と冗談で奥さんに言ったのは、なぜかテレパシーでキャッチできたよ、先生…

おそらくはたからみているとかなりトンチンカンな感じのレッスンも(奥さんがいつもみているのはそれを楽しみためではないと思いたい)、先生の「クワイエス?」の一言でおわり。
あ、なんとなく、今日はこれでいいか?、って事だね?と理解。そしたらいつの間にか一緒に参加していた(アカデミーヤの卒業生だ、と、言った気がする←これもすべてヤマカン)子が、「いやいや、まだあと数小節あるじゃないですか先生」と言った(←これもすべて…以下略)。あー、一曲通すのはやはり無理だったかー、と私も思った。でもよいのだよ。そこから数小節が、一番難しいところなのだよ。これからやったら多分もう一時間かかって、お家に帰れなくなってしまうのだよ…もう10時半近い。ここから恐怖の夜電車で10数駅も帰るのだ。

先生のお家から駅までは、典型的エジプトらしい車の運転がよく見られる。
というのはつまり、スピードかつヴァイオレンスかつノイズィーということである。
要注意なのは、車の脇から急に出てくるバイク(たいてい二人以上が乗っている)や、マイクロバス(半分がラリっていて半分は気が荒い。一回冗談だろうが私にめがけてまっしぐらにスピードあげたヤツもいた。エジの冗談は、いろんな意味で笑えない感じのがかなり多い)、そして大型車両だ。
ノイズィーである事に関しては、日本の暴走族が、平均的エジプトの運転よりちょっとうるさい程度、と言えばよいだろうか。普通の人でもクラクションの鳴らすリズム感と雄弁さに関しては、日本の暴走族の目ではない。「そこ通るよ」「止まんねえからお前が止まれ」「結婚式帰りだぜ、おめでたいぜ~」「新車買ったぜ~めでたいぜ~」「イェーイ飛ばすよー」「どけどけー」「アブネェじゃネェかどこみてやがる」「なにぼけっと歩いてんだバーカ」などの会話が、すべてクラクションで表現される。
それらの標本のようなものがたいてい網羅できるのが、この地域。
道を渡るときはホントーーーに怖い。
そんな夜道をドキドキしながら駅に着いて、ようよう来た電車に乗り込めば、
今度は夜になるとお決まりのパターン、女性車両に男性乗り込み険悪ムード。
男性がでーんと踏ん張っていると、女性は接触したくないもんだから手すりも持てないし、その周りをなるべくあけようとするから込んでいる電車がいっそう混むし、揺れたらお互いをつかみ合って支え合い「マーレーシ」合戦。このとき本当に人の二の腕の肉握りつぶす人いるからね。一度でいいから「ムシュマーレーシ!」と言ってみたい。
さらに今日は金曜日だから、タハリール広場でムルスィ勝利で盛り上がった人々はじめ、夜遊びした人、疲れた人のオンパレード。タハリールも近くなるとそんな人たちがどどっと乗ってくる。さらには、すでにホームでさんざん喧嘩して、そのまま女性車両に乗ってきて喧嘩の続きの男女(赤の他人同士です)。となりのドアでは車内から横暴な男性客をみんなで突き落として、突き落とされた男性たちが女性に攻撃仕返したり。そんななか、しれっと乗ったままの男性。その男性をさらしてやろうとおもったのか、ケータイで写真取り出す女性。もうしっちゃかめっちゃか。

どうか今日は本格的大乱闘になりませんように、といっこいっこ駅を数えてなんとかかんとかマァディにたどり着く。
また引き続き真っ暗道でマイクロバスやバイクの猪突猛進におびえながら、
お家の玄関に到着。
ようやくお家に帰れる…ようやくお家に…
とおもって、ドアの前。

鍵が開きません。

きのうもおとといも普通に開いたのに、なぜこの深夜、急に開かなくなんでしょーか。
格闘する事30分。その間に、自動で消える階段のランプが何度消えたか。(その度につけ直す)
もう汗だく。しかし神への祈りは通じず。
結局家主を起こすしかない、と決めてインタホンを鳴らすが、何度鳴らしても起きてこない。
起こすのも申し訳なくて、またしばらくあけようと頑張るが、やはり無理。
インタホン。
起きてこない。
また頑張る。
最終的に、気力も尽き果てて、ケータイに電話して、結局叩き起こしてしまった。

レッスンが終わった時点ですでに空っぽだったところから、長い移動、そして最後のだめ押しにすべての予備電力を使い果たし、しばらく放心状態。
自分を整理するために、洗物をして、夜食を準備…し始めたら、
とまらなくなって、結局(なにも今する必要ないのに)ピーマンと茄子のマリネが完成。
気持ちも落ち着いたので、昨日の残りのババガンヌーグとアエーシ、マリネを食べて、ようやく一息。
着ていたものを洗濯して、干して。

長い一日が、終わる。