復興?福島は、復興の「ふ」の字もないよ | メンズパンツ屋manifica(マニフィカ)店長ブログ

復興?福島は、復興の「ふ」の字もないよ

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智恵子は東京に空が無いといふ。ほんとの空が見たいといふ。私は驚いて空を見る。


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6月22日は真夏日。郡山の避難所、ビックパレットふくしまも素晴らしいお天気。というか、むしろ暑すぎる!!!ぐわ!
ビックパレットには、6月22日現在、まだ800人を超える避難者がいます。ここにいるのは、多くが原発から避難されている富岡町と川内村の方々。富岡町は、地震・津波の被害に加え、福島第2原発がある町でもある。
このビックパレットに、富岡町と川内村の役場が併設されています。



上の写真は、日大と慶応大の学生たちが作ってくれた、すばらしいパーティション。これのおかげでプライバシーが守られています。


さてどこから書いたら良いのか。

TVで宮城や岩手の復興のニュースが流れる中、「は?復興?福島は、復興の「ふ」の字もないよ」と憤る人たち。
いや、もちろん福島だって、実際には復興へ向けて進んでいます。でも、避難している方々には全くその実感がないし、一時帰宅でさえも進まない状況。原発の終わりも見えない。
万が一原発に何か起きたら、更に避難をしなければいけない。しかも、この郡山市も放射線量が高く、6月9日の時点で325人の児童が郡山市から疎開している。(毎日新聞6月9日)。 そして、22日現在も、避難を決めている親たちがいる。ボランティアで会った郡山市のお母さんも、幼稚園と小学生のお子さんがいて、仙台へ引越しが決まったので、ボランティアに来れるのも今日が最後なんです、と言っていた。


安全なのか、安全じゃないのか、わからない。
これからどうなるのか、わからない。


わからないことだらけで、復興なんて状況じゃなくて、福島だけは3ヶ月以上たった今でも、まだ「被災中」。ニュースを見て憤る人たちの気持ちもわかる。



ボランティアの途中、休憩に外に出た。壁に寄りかかって水を飲んでいると、後ろで話す声が聞こえた。お爺さんと、役場の人らしい若者の声。

「オレだちはみーんな、もうムラに戻れるなんて信じてねぇよ。どーせ戻れねぇんだべ。わがってんだ。」


「そんなごとねーよ。そんなごと言うなよ。
何年かかっても、オレたちがムラを綺麗にして、絶対戻してやっがら。
じーちゃんは元気にしててくれればいいんだ。
オレたちがやっがら。」

最後の方は涙声だった。
振り向けなかったけど、私も泣いていた。


お昼に二本松駅のコンビニで買ったおにぎりを食べていたら、そばにいるおばあさんと目があい
「足がむくんじゃってね、湿布がほしいんだけど、ないんだって」と言われ。
下手クソだけど、素足になってもらって足をマッサージする。
「気持ちいいね。ありがとう」

88歳だってこと、川内村から避難してきたということ、ずっと農作業をしてきたこと、色々話して、
おばあさんがふと、

「何も持ってこれねがったんだ。急だったがらね。
お仏壇も持ってこれねがった。ご先祖様を置いてきっちまった。
本当に申しわげねぇ。」


ポロポロ、ポロポロ、涙をこぼす。
申し訳ない、申し訳ない、と涙をこぼす。

長年農家をしてきたという
手も、足も、とてもたくましかったけど、
凄く小さく見えた。

何も出来ず、かける言葉を見つけられない自分に腹が立ちつつ、涙が頬を流れる。


おばあちゃんとは翌日(23日)にも会って、お話をしたり、写真を撮ったりした。
写真と手紙を送るね、と約束した。

おばあちゃんの話をしたら、兄貴に
おばあちゃんが申し訳ないって思ったところに、仏様もご先祖様もいるんだよ。仏壇だのお墓のような形あるものは、そういう風に考えやすい対象になるからあるんだ。
そのおばあちゃんは浄土真宗なのか?宗派によって教えは違うけど、ばあちゃんが生きてるだけで、ご先祖様は喜んでるよ。
というようなことを言われた。(若干私の頭の中で変換してたら失礼)

手紙にそう書くよ。お数珠を買っていれてあげよう。
22日に浄土真宗の東本願寺の本山から、とお数珠が400本(数は聞き間違えの可能性もある、確か400本。)届いた。必需品じゃなかったので、配布せず、欲しい人だけもらうように配給場所に設置したら、信心深い年配の方々が多いビックパレットでは、2時間も経たずに全て無くなった。

「ありがたい」「お数珠も持ってこれねがったんだ」「じいさんが津波で無くなったのに、お葬式もちゃあんとできてねぇんだ」

皆、口々にありがたいありがたいと言い、おがみながら持っていく。

あのおばあさんの手には届かなかったから。こっちで買って送ろう。

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かえる かわうち Tシャツ。
絶対川内村に帰るぞ!

この川内村から避難してきた兄ちゃんは、配給所のボランティアで一緒だったのだけど、とっても明るくて優しくて、素敵な人だった。来る人来る人、皆を元気付け、声をかけてくれていた。


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Don't forget return to TOMIOKA.
富岡を忘れんな!絶対戻るぞ!

この桜のステッカーは、野菜de助け隊に賛同してくれている大切な仲間、りゅうすけさんとゆりこさんのご友人でもある、富岡町出身の関根さんがデザインしたもの。
近々谷中のTOKYO BOYZ at JAY TSUJIMURAにも置かせてもらいます。
富岡町から東京へ避難された方がいらっしゃったら、差し上げるられるように、と。


長くなっちゃった。
ひとまずこれにて。


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日本に元気を
日本に勇気を
日本に希望を
JAY TSUJIMURA's "HOPE"

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