数日さぼってしまいましたが続けます・・・。
44)観光客が乗っている豪華バスはドイツ製です。
El autocar de lujo en el que viajan los turistas en aleman.
45)私は車を買うのに300万円つぎ込んだが、そのことを今はとても後悔している。
He invertido tres millones de yenes en comprarme el coche,
de lo que ahora estoy muy arrepentido.
46)経済危機について君の言うことが僕はよくわかりません。
No entiendo bien lo que dices sobre la crisis economica.
47)チリには約1800の火山がありそのうち28が活火山である。
Chile tiene unos 1800 volcanes, de los cuales 28 estan activos.
背景写真はポルトガル・ポルトの街角です。
ポルトガルももう一度行きたい国ですね。
何のためにスペイン語を勉強しているのか?
最初はスペインに旅行したいというのが目的でした。
荒涼とした土地にたたずむ風車とアンダルシアのイメージに惹かれました。
どうせ行くなら、スペイン語が話せたほうがいいよね、などと思って
当時新規設置された津田英語会のスペイン語コースに申し込みました。
青山勤務だったので、会社帰りに下車して・・・なんて感じで。
開校してみると、意外にも生徒が50人ほどとかなりの人数。
一方的に講義が行われ、宿題は中高の授業のようにはじから順に当てられて
学生が答える、という具合。
まじめに予習していかなくても、自分がどこが当たるか見当がつくので
そこだけその場で答えを探して・・・なんていい加減なことをしていたため
とても力などつくはずもない。
恥ずかしながらコースが終わる前に、早くも脱落してしまいました。
しばらくして、イエローページで都下にあるスペイン語専門の個人教室を見つけ
模擬授業ののち、正式に入会しました。
月謝は1万円で週2回の授業。1回は日本人講師による文法。もう1回は
スペイン人の先生による会話。
「ちょうどいいクラスがあるわよ~」と言われて入ったら、熱意あふれる男性ばかりで
みなさんレベルが高いのなんの。
とてもついていけないと思いつつ、何とも言えない魅力的な学校でほとんど休まずに
通いました。
よく課せられていたのが「ESPANOL EN DIRECTO」というテキストの
1レッスンを丸ごと暗記する・・・というもの。
最初はかなり苦労しましたが、これって地味ながらすごくいい作業なんですね。
動詞の活用などもよくわけがわからなかったけど、まあ続けているうちに何とか
なるものですよね。継続は力なり・・・です。
当時は商社勤務で仕事が深夜まで及ぶこともしばしばで、なかなかまとまった休みも
取りづらく、またスペイン語学ぶほどに、あまりにもわからないことが多すぎて
こんな程度でスペインなどとても行けやしない・・なんて気になって、もう少しもう少しと
旅行は先延ばしになってしまいました。
だって「車」「テーブル」なんて言葉一つ取ったって???な単語ばかりなのですから。
結局、それから2年ほどまじめに通いつつも勉強そのものはサボりサボりで遅々として
進まないまま、私も適齢期というお年頃になってしまいました。
もう行くなら今しかない!という思いと、このころにはもう単純に旅行ではなく
「少しの間でも住んでみたい!」という気持ちに変わっていました。
20年以上昔のこととはいえ、もうすでに誰もが海外に行く時代となっていましたが、
私自身はまだ海外未経験でした。
現実に旅行でなく短期の語学留学という形を話しただけで両親は猛反対。
それどころじゃないでしょ!というわけです。
で、仕方なく…仕方なく私はですね・・・なんとか1カ月だけ、と説得したのでした。
でも内心では(行ってしまえばこっちのもの、3か月は居てやるぞ)などと
どす黒い?野望を決意していました。
とはいえ、良い子の私は黙っていることができず、直前に打ち明けたところ
父はしばらく口もきいてくれませんでした。
まあねえ~、20代半ば過ぎて嫁にもいかない娘の行き先案じてのことだったとは
思いますが、それができるのはもう今しかないという思いでいっぱいだったのですね。
それまでは結構よい子で、両親の言うことには素直に従っていたのですが
あの時そうしておいてよかったな~と今となっては思います。
無理していったスペインでしたが、苦労もたくさんしました。
つらかったのは外人とは仲良くできるのに、日本人からは相手にされなかったこと。
不思議なことですが、旅行しているときは友達になれるのに定住すると
深い関わりあいを恐れるのか、自分たちのコミュニティにはなかなか入れてくれないのが
現実でした。外人ばかりと居るってことで「外人好き」などと言われていたようです。
でもその数ヶ月間で得たものは、私にとっては人生最大の宝となっています。
スペインの帰りには仲良くなったドイツ人たちを訪ねたものの、帰りの飛行機のチケットが
とれず1ケ月間も結局のところ世話になることになってしまいました。
皆がいい経験だね、と言ってくれますが私にとってはかなり苦い思い出になってます。
でもみな、本当に優しかった。一度もいやな顔をされたこともなかった。
だからこそ、申し訳ない思い出いっぱいなのです。
まだ東西ドイツの時代で、彼らの配慮で長いこと行きたいと思っていたベルリンの壁と
東ベルリンに行けたことも、一生の思い出となっています。
帰国後、もと居たスペイン語学校に戻り、そこで協力隊上がりの夫と知り合って結婚し
今度はJICAの専門家夫人として、ラテンアメリカに通算5年住むことになりました。
残念ながら、スペインを愛するあまり、ラテンアメリカにはなかなか愛着が持てず
常に不満げな顔をしてすごしていた私でした。
以来スペイン語を特に勉強することもなかったのですが、4年ほど前に
私のネットショップ(現在休業中)のHPの片隅に掲載している、当時の記録を読んだ
知り合いが連絡をくれたことや、そのほかいろいろなことがきっかけとなり
再びスペイン語を勉強することを決意しました。
現在は昨年10月からこの3月までの契約で週に一度、某企業でスペイン語の
ボランティアをしており、ごくごく簡単な通訳と翻訳に取り組んでいます。
とにかく力不足を痛感することしきりで、改めてまじめに取り組まねばと
実感している今日この頃です。
だからスペイン語を何のために学ぶか・・と私自身に問うなら、
まずは旅行、それから短期間のスペイン生活が目標だったということになります。
で、今は愛するスペインをもう一度訪ねるため、そしてあの時の友人の一部とでも
再会を果たし、その時に正しく美しいスペイン語で話をするため・・・かな。
そしてもうひとつは、なんだかんだと言っても2度の海外での出産、その他の時に
ささえてくれた現地の人たちへのお礼のため。
もちろんそれ自体は今となっては直接的にはできないことですが、今度は別の皆様
・・・たとえば母国を離れて日本で心細い思いをしている方々の手助けができれば
ということになるかと思います。
その力がいかばかりのものかを客観的に知るために、DELEの受験を目指しているということです。
1988年10月から翌年4月末まで、実に詳細に当時世話になった日本の語学学校の
皆様に充てて丹念に手紙を書き送っていました。
その時の手紙のほとんどが残っているので、私の記録のため、少しずつ
アップしていこうと思います。
下記はいずれも私が師事していた桜庭雅子先生の著書です。
今も私の尊敬する方であり、校内での呼び名として「MARIA」と命名して下さった方でもあります。
書店でぜひご確認くださいね♪
スペイン語会話パーフェクトブック (CD book)/桜庭 雅子

¥2,100
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最初はスペインに旅行したいというのが目的でした。
荒涼とした土地にたたずむ風車とアンダルシアのイメージに惹かれました。
どうせ行くなら、スペイン語が話せたほうがいいよね、などと思って
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青山勤務だったので、会社帰りに下車して・・・なんて感じで。
開校してみると、意外にも生徒が50人ほどとかなりの人数。
一方的に講義が行われ、宿題は中高の授業のようにはじから順に当てられて
学生が答える、という具合。
まじめに予習していかなくても、自分がどこが当たるか見当がつくので
そこだけその場で答えを探して・・・なんていい加減なことをしていたため
とても力などつくはずもない。
恥ずかしながらコースが終わる前に、早くも脱落してしまいました。
しばらくして、イエローページで都下にあるスペイン語専門の個人教室を見つけ
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月謝は1万円で週2回の授業。1回は日本人講師による文法。もう1回は
スペイン人の先生による会話。
「ちょうどいいクラスがあるわよ~」と言われて入ったら、熱意あふれる男性ばかりで
みなさんレベルが高いのなんの。
とてもついていけないと思いつつ、何とも言えない魅力的な学校でほとんど休まずに
通いました。
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1レッスンを丸ごと暗記する・・・というもの。
最初はかなり苦労しましたが、これって地味ながらすごくいい作業なんですね。
動詞の活用などもよくわけがわからなかったけど、まあ続けているうちに何とか
なるものですよね。継続は力なり・・・です。
当時は商社勤務で仕事が深夜まで及ぶこともしばしばで、なかなかまとまった休みも
取りづらく、またスペイン語学ぶほどに、あまりにもわからないことが多すぎて
こんな程度でスペインなどとても行けやしない・・なんて気になって、もう少しもう少しと
旅行は先延ばしになってしまいました。
だって「車」「テーブル」なんて言葉一つ取ったって???な単語ばかりなのですから。
結局、それから2年ほどまじめに通いつつも勉強そのものはサボりサボりで遅々として
進まないまま、私も適齢期というお年頃になってしまいました。
もう行くなら今しかない!という思いと、このころにはもう単純に旅行ではなく
「少しの間でも住んでみたい!」という気持ちに変わっていました。
20年以上昔のこととはいえ、もうすでに誰もが海外に行く時代となっていましたが、
私自身はまだ海外未経験でした。
現実に旅行でなく短期の語学留学という形を話しただけで両親は猛反対。
それどころじゃないでしょ!というわけです。
で、仕方なく…仕方なく私はですね・・・なんとか1カ月だけ、と説得したのでした。
でも内心では(行ってしまえばこっちのもの、3か月は居てやるぞ)などと
どす黒い?野望を決意していました。
とはいえ、良い子の私は黙っていることができず、直前に打ち明けたところ
父はしばらく口もきいてくれませんでした。
まあねえ~、20代半ば過ぎて嫁にもいかない娘の行き先案じてのことだったとは
思いますが、それができるのはもう今しかないという思いでいっぱいだったのですね。
それまでは結構よい子で、両親の言うことには素直に従っていたのですが
あの時そうしておいてよかったな~と今となっては思います。
無理していったスペインでしたが、苦労もたくさんしました。
つらかったのは外人とは仲良くできるのに、日本人からは相手にされなかったこと。
不思議なことですが、旅行しているときは友達になれるのに定住すると
深い関わりあいを恐れるのか、自分たちのコミュニティにはなかなか入れてくれないのが
現実でした。外人ばかりと居るってことで「外人好き」などと言われていたようです。
でもその数ヶ月間で得たものは、私にとっては人生最大の宝となっています。
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とれず1ケ月間も結局のところ世話になることになってしまいました。
皆がいい経験だね、と言ってくれますが私にとってはかなり苦い思い出になってます。
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残念ながら、スペインを愛するあまり、ラテンアメリカにはなかなか愛着が持てず
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以来スペイン語を特に勉強することもなかったのですが、4年ほど前に
私のネットショップ(現在休業中)のHPの片隅に掲載している、当時の記録を読んだ
知り合いが連絡をくれたことや、そのほかいろいろなことがきっかけとなり
再びスペイン語を勉強することを決意しました。
現在は昨年10月からこの3月までの契約で週に一度、某企業でスペイン語の
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実感している今日この頃です。
だからスペイン語を何のために学ぶか・・と私自身に問うなら、
まずは旅行、それから短期間のスペイン生活が目標だったということになります。
で、今は愛するスペインをもう一度訪ねるため、そしてあの時の友人の一部とでも
再会を果たし、その時に正しく美しいスペイン語で話をするため・・・かな。
そしてもうひとつは、なんだかんだと言っても2度の海外での出産、その他の時に
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もちろんそれ自体は今となっては直接的にはできないことですが、今度は別の皆様
・・・たとえば母国を離れて日本で心細い思いをしている方々の手助けができれば
ということになるかと思います。
その力がいかばかりのものかを客観的に知るために、DELEの受験を目指しているということです。
1988年10月から翌年4月末まで、実に詳細に当時世話になった日本の語学学校の
皆様に充てて丹念に手紙を書き送っていました。
その時の手紙のほとんどが残っているので、私の記録のため、少しずつ
アップしていこうと思います。
下記はいずれも私が師事していた桜庭雅子先生の著書です。
今も私の尊敬する方であり、校内での呼び名として「MARIA」と命名して下さった方でもあります。
書店でぜひご確認くださいね♪
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41)交通渋滞は大都市のドライバーが抱えている大きな問題です。
Los atascos de circulacion son el principal problema que padecen automovilistas
de las grandes ciudades.
42)政府は両国間の深刻な貿易不均衡を是正する措置を見いださねばならない。
El gobierno esta obligado a encontrar medidas que reduzcan el serio desequilibrio
comercial entre ambos paises.
43)農水省によると、先進国で食糧自給率目標を定めている国はない。
Segun el Ministerio de Agricultura, Silvicultura y Pesca, no hay ningun pais desarrollado
que haya establecido la cifra meta de la tasa de la autosuficiencia alimentaria.
背景写真はサラマンカのマジョール広場近くのお店で購入した絵葉書で、新旧カテドラルを
描いたエッチングです。
こういったオリジナルの紙製品を多数扱っていた店で、私のお気に入りでした。
今でもあるのかな~??
マジョール広場の時計台を背にして、一番右手の出口から出て知らばく行ったところにあったな。
Los atascos de circulacion son el principal problema que padecen automovilistas
de las grandes ciudades.
42)政府は両国間の深刻な貿易不均衡を是正する措置を見いださねばならない。
El gobierno esta obligado a encontrar medidas que reduzcan el serio desequilibrio
comercial entre ambos paises.
43)農水省によると、先進国で食糧自給率目標を定めている国はない。
Segun el Ministerio de Agricultura, Silvicultura y Pesca, no hay ningun pais desarrollado
que haya establecido la cifra meta de la tasa de la autosuficiencia alimentaria.
背景写真はサラマンカのマジョール広場近くのお店で購入した絵葉書で、新旧カテドラルを
描いたエッチングです。
こういったオリジナルの紙製品を多数扱っていた店で、私のお気に入りでした。
今でもあるのかな~??
マジョール広場の時計台を背にして、一番右手の出口から出て知らばく行ったところにあったな。